(時間軸はChapter1のあたり)


『今度の日曜、9時にトロピカルランド前に集合ね!』


蘭と園子と休日に遊びに行こう、という提案がなされたのはつい先日のこと。
そして詳細を記したメールに、了解、と確かに自分は園子に返事をしたはずだ。
スマホを取り出し、メールを再確認する。日にちも時間も場所も間違っていない。だというのに、何故待ち合わせ場所に園子も蘭も現れないのか。
いや、それどころか。


(…なんで、代わりに安室さんがいるの)


渚と安室は向かい合ったまま、お互い一言も発さず動かない。
先に動きを見せたのは、スマホと安室の間で視線を何往復もさせていた渚だったが、先に言葉を発したのは安室の方だった。

「…園子さん達にここに来るように頼まれて、何かと思ったら…そういうことですか」

どういうこと!?
呆然とする渚の意識を引き戻すように、その時メールの着信音が響いた。慌てて中を確認すれば、園子からの『わたしも蘭も急用ができて行けなくなったので、代役を安室さんに頼んだから!』という内容。
しかも可愛い絵文字つきだ。まるで同じ表情を浮かべる園子の顔が脳内にちらつき、思わずスマホをギリ、と強く握り締めていた。
急用、とはおそらくただの言い訳で。最初からこれを目論んでいたのだろう、と気づいても後の祭り。
はあ、とつい溜息が零れた。面と向かってこうも嫌そうな顔をしてはあからさまか、とも思ったが、それこそ今更だろうと思い直す。

「…蘭ちゃん達が来れなくなったんなら、仕方ないですよね。折角来たけど、私は帰りますから…」
「まあそう言わずに。折角お二人がセッティングしてくれたんですから、このまま無下にするのも悪いでしょう」
「うっ」
「それに、どうせ後で園子さんあたりに根掘り葉掘り聞かれますよ。早々に帰った、とは言いにくいでしょう?」

帰ろうとしたのを引き止められて。
だがそう言われても、安室と二人で遊園地だなんて。冗談ではない。今こうして顔を合わせてるだけでも居心地が悪いというのに。

(まさかそんな、でででででデートみたいなこと、できるはずない!)

…心の中でまでどもりそうな勢いに、我ながら少し悲しくもなる。

「それにその格好、とてもよくお似合いですよ。折角オシャレしてきたんですから、すぐ帰るなんてもったいないのでは?」
「そ、そりゃあ…そんな気持ちが全くないと言えば、嘘になります、けど…」
「というよりは僕が、でしょうか。渚さんのそういう姿あんまり見たことないので、このまま帰らせるなんて惜しい、と思ってしまうんですよ」

何でもないというようにさらっと甘い台詞を紡いでくる安室に、渚は踊りそうになる心を必死に抑える。
これはいつもの安室さんの作戦!いつもの作戦でしかない!

だがどう逃げようとしても、安室がそれを看過してくれそうな気配は感じられない。もうここは、諦めるしかないのだろうか。
諦めて、安室と、デートを、しろと。

(そう、もういっそここはポジティブに。ポジティブに考えてみてもいいんじゃない…!?)

こんなイケメンとデートできる機会なんて、これを逃したら乙女ゲー以外ではもう二度と訪れまい。そう、思えば。この状況を受け入れる気にもなるのではないか。

「あの、渚さん?」
「ちょっと黙っててください安室さん」

不思議そうに声をかけてくる安室を手で制して。彼との間に、こちら側と隔てるように存在する液晶画面を頭の中に作り上げる。
視界に映すはバストアップのみ。その下には台詞ウィンドウがあり、彼の台詞に合わせて3択くらいで選択肢が出てきて、その中から良いものを選べば軽快な効果音と共にハートマークが上がるような演出が起こる。そして好感度が上がるというシステムだ。
そう、イメージは乙女ゲーム。これは乙女ゲームだ!

「よし、脳内シミュレーション完了!じゃあ安室さん、行きましょう!」
「…一体何を考えてたんです?」

流石の安室も、ここまで突拍子のない考えまでは読めなかったようで。
不思議そうに首を傾げながらも苦笑する安室を置いて、渚は一人さっさと中へと入っていく。その顔は戦地に赴く兵士の顔、そのものだ。
その様子をしばらくは目を瞬かせながら見送っていた安室だったが、やがて小さく噴出すように笑って、その後をゆっくりと追いかけた。

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