4日目!
いつもより1時間早く起きて、鏡を確認する。
うん、目は充血していないし、腫れてもいない、良かった。
朝のルーティンを済ませてキッチンへ急ごう。
昨日お世話になったお礼に朝食作りを代わろうと思ったけど断られてしまった。
せめて手伝おうと、火の番をさせてもらうことにする。
「おはようございます!」
「はよーっす」
「おはよう。今日は仲良く2人でか。そうしてると新婚みたいだな」
「うっせぇ!うぜぇよ!散れ!カス!」
爆豪君は朝から絶好調だ。
こういう恋愛ごと絡みの揶揄も、キレどころなんだ、というか揶揄全般、地雷なのかな。
たまごサンド、ホウレン草とベーコンのソテー、コンソメスープ。
朝ご飯を食べながら、今日のスケジュールを反芻する。
早朝パトロールを体験させてもらえるので、食べ終わったらすぐに準備だ。
戦闘服、タイトなジーンズを履いて外に事務室に集合すると、
「ん?君もか、オリガミ。全く、君はこれだけは守らないな」
手に櫛を持つベストジーニストに咎められてしまう。
そこにはペッタンコ8:2にされて肩を震わせている爆豪君がいた。
もう毎朝恒例の風景だ……え、というか、前髪、真ん中分けもダメですか。
心の声が聞こえたかのように、ため息を吐きながら手招きされる。
「前髪はピッチリ全て上げるか、片側に流すこと。来なさい、矯正してあげよう」
「え、い、いえ!自分でしてきます!」
「初日に示したのに出来ていないということは指導不足だったということだろう。もう1度縫いつけてあげよう」
来なさい、と再度言われてしまったら素直に従うしかない。
あの髪型にされるのも嫌なんですが、貴方に髪を触られるってシチュエーションが辛いんです!
とは言えず、目を瞑って羞恥に耐える。
「チッ!早朝パトロール行くんだろうが!さっさとしろやクソが!!」
「まぁまぁ、そうカリカリするなって」
「そうそ、こういう時こそ余裕を見せるもんだぜ?男の―――」
イライラと言い捨てて爆豪君は先に出て行ってしまった。
それをサイドキックの方々が追いかけて宥める声が、ドアが閉まって遠ざかる。
「青いな、彼は。微笑ましくもあるが」
「……あの短気を微笑ましく思えるとは、流石です」
「あぁ、いや……私が口を出すべきではないな。忘れてくれ」
「?はい」
「よし、出来た。それでは行こうか」
「はい!」
初日のパトロール以外は爆豪君とは別ルートだ。
今日はサイドキックのミスターリーゼントと一緒に指定区画を見回る。
早朝パトロールの主な目的を質問されて、少し考えてから通学、通勤ラッシュ時の事故・トラブル防止と答えると、満足げに頷きながら解説してくれた。
「朝は急いでいる人が多いから、交通事故も多い。ヒーローの目が抑止力になるってわけ。じゃ、もう1つ質問。この時間はある犯罪も多くなる、何だと思う?」
「ある犯罪……痴漢、ですか?」
「あ〜それも正解!下種の極みだ。もうひとつはね、」
「どろぼうっ!!」
ミスターリーゼントの言葉を前方からの切羽詰まった声が遮った。
反射で走りだしてよく観察すると、年配の女性が指さしている方に全速力している後ろ姿が見えた。
「おいおい、こんな噂をすれば求めてねぇよ!」
「ミスターリーゼント!個性使います、捕獲を!」
「!おう!」
逃すわけにいかない、最大出力2万枚を操って犯人の関節に巻きつけて動きを封じる。
あっという間に追いついたミスターリーゼントが拘束、確保、事件解決だ!
―――特に朝の通学、通勤時間は人口密度が高く、時間の余裕がない人が多いため助力できる人間が少ない。
そのため窃盗件数が増加するので注意が必要である。―――
レポートを終わらせてから、携帯でニュース動画を見ながら、緑谷君のメールを思い出す。
≪メールありがとう。怪我はしたけどみんな無事だよ。実は―――≫
朝から持ちきりだったらしいヒーロー殺し逮捕のニュース。
あのメールはヒーロー殺しと遭遇した時の救援だったんだ、本当に無事でよかった。
コンコン、
はい!と答えてから動画を止めてドアに向かい、開けた先にいたのは、爆豪君。
どうしたの、と声をかけてもだんまりだ。
そして、あの、強い視線。
「……ね、お茶しようと思うんだけど、爆豪君もどうかな」
「いや……今日はもう遅ぇだろ」
「そ、そうだね」
その遅い時間に訪ねてきた君はなんなのかな?!
こういう時の爆豪君はきっと聞きづらい質問か言いにくいことがあるんだと思う、多分。
一席設けた方が良いかなと思ってお茶に誘ってみたけど断られてしまった。
「…………」
「…………あ、ちょっと待ってて」
ストレートに聞くのは良い策じゃない、何か話題を振ってみようかと思考を巡らせたところで、明日にしようと思ってた用事を思い出した。
「昨日のお礼をちゃんとしてなかったから。私が知ってる1番辛くておいしい煎餅!」
お昼休みに買っていたのに、今日はパトロールに出てから今までタイミング悪く爆豪くんに会えずじまい、渡せずじまいだった。
「改めて、ありがとう」
「いや、別に。たいしたことしてねぇよ」
「ううん!昨日のは本当に感謝してて、あ、明日の朝ごはん楽しみにしててね!今日キムチ……あ、サプライズするつもりだったのに」
素っ気なく、わずかに戸惑って煎餅を受け取ってくれた爆豪君に気持ちを伝えたくて勢いよくネタバレしてしまった。
ひとりワタワタしていると爆豪君はわずかに目を見開いていた後、細く息を吐く。
強かった視線は、いつの間にか柔らかいものになっていて、わずかに口角を上げた、気がした。
「クソ元気かよ。心配して損した」
「え」
明日期待してるわ、と私の頭をポンポンしてから個室に戻っていった。
え、心配、て、あ、今日パトロールでひったくり捕まえたから……。
「イケメンかよ」
いや整った顔してるけどさ、今の顔カッコイイとか思ったけど、そうじゃなくて。
他に言葉が思いつかなくて、ひとり、呟いた。
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2017/08/23