猪狩守の朝は早い。
なんにせよあかつき大学附属高校野球部という場所は名門中の名門であり、その名前を轟かせるにあたって相応の練習をしているのだ。
詰まるところ朝練が強制参加である。多少個々の特徴を伸ばす内容とはいえ、全員がほぼ同じカリキュラムをこなす時間のほうが遥かに長いのである。
そこが最低地点であるが故に、レギュラー陣は朝練+過酷な練習+自主練というマゾヒスティックな野球人生を青春に捧げているという噂が絶えない。

猪狩守という男はそう言う意味ではマゾだった。





本日は土曜日であった。当然野球部の練習は存在していて、朝練はないもののいつもより部活の時間は長かった。
守は少々というには少々長いランニングをこなし、シャワーを浴びた。
野球という一つの事柄をまっすぐ思う心は誰が見ても美しいのだが、やはり体の汚れは気になるものだ。
実をいうとこの体の疲れを引きずったまま学校に行くのはなんとも面倒だがもはや習慣なので辛くはない。


さっぱりしたところで風呂場から出ると弟である進もちょうど目覚めたようだった。

「おはよう進」

「兄さん、おはよ……あ!朝練なら僕も誘ってくれればよかったのに」

そういえばいつの日にか『次は僕も行きたいです』と言われていたのをすっかり失念していた。
謝罪の言葉と次回の約束をして二人は用意されていた朝食を食べる。

本日のメニューはトースト、スクランブルエッグ、サラダ、ボイルソーセージといった簡単なものであったが、朝のお腹にはちょうどいい。けれど運動後には些か物足りない気もしたので従者を呼び止めて林檎を切ってくるよう伝えた。


林檎がくるまでの間モーニングコーヒーを飲みながら新聞に目を通す。

「兄さんそうしてると年齢が5歳くらい老けて見えますね」

進がクスッと笑うのでお前も世間の動きくらい知っておけと守は一言注意した。

しばらくすると林檎が運ばれてきた。
新聞を読み終わるまであと少し。
せっかくなので紙面から目を離さずに進にも勧めた。

「こんなかわいいの勿体なくて食べられないです……」

何故かうっとりとしたような声色で進がいうので何事かと紙面から目を外して見ると運ばれてきた林檎はいわゆるうさぎちゃんカットを施されていて可愛さを余すことなくアピールしている。

「確かに凝っているが食べ物に変わりはないだろう?」

「だから兄さんはロマンが無いって言われるんですよ、ずっと見つめていたくなりません?」

「ムッ、僕はロマンの申し子だぞ。大体それはロマンというより女々しいだけじゃないか」

馬鹿にされた感じがして進が反抗期で悲しいと嘆くと、なにそれ!とまた笑われてしまったので守はこの話にはこれ以上関わらないことにして林檎を頬張った。




歯を磨き、身支度を整えると部屋の扉がノックされた。

「兄さん、今日は久しぶりに電車で学校行かない?」

声は進のものだった。守と進は普段従者の運転する車で通学するのだが、今日は進の提案も悪くはないものに思えた。

「わかった、あと15分後に玄関ホールに向かうよ」



忘れ物がないか確認し、運転係に本日は休んでいいと伝えきっかり15分。
玄関へ向かうと進はもうそこにいた。



「早いな」

「なんだがちょっとうきうきしちゃって」

確かに電車は久しぶりである。
今日はどんなことが起こるのか、何も変わらないように見えて毎日が変化の連続なのだ。
そんな日常がなにより楽しい。



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