心焦がれる。兄がキャプテンとして僕たちを率いて最後の試合のため甲子園球場へと向かったのはいつの話だっただろうか。全ての力を出し切って対するアンドロメダ高校戦。試合が終了し、脱力する。

「勝った!」

何処か遠くで声が聞こえた。その事実を脳が理解するまでに数秒。身体が喜びに打ち震えるまでに更に数秒。まるで地鳴りのような歓声だった気がする。そこからは興奮で記憶も曖昧だが、気がついたら目の前に我らがキャプテンが居た。
いつも硬派でクールな兄が泣いていた。号泣ではなく感動のあまり一粒。ほろり、と。

「兄さん、お疲れ様」

かすかに声が震える。まだ、興奮しているんだ。兄が涙を手の甲で拭いこちらに言葉を掛けようとする。と、目の前に黒い影。主人公さんの声がした。

「やった!甲子園優勝だよ猪狩!」

その猪狩が指すのは僕では無い。それはもう当たり前の事であり、慣れたことである。名前を呼ばれた兄はその喜びに呼応するかのように声に充足感が満ち溢れていた。

「フン、お前も少しは頑張ったんじゃないか!」

「くっそこいつ!最後まで可愛くねえ!」

人との壁を作ってしまう兄ともすっかり打ち解けてしまったようすの主人公さんが何処か羨ましい。兄に認めてもらっている。兄と競い、伸ばし合いえる。そんな好敵手同士である関係が酷く魅惑的にみえた。
正直、妬いた。
兄は僕に対してそんな風に接してくれないし、主人公さん達からすればただの後輩だろうから。本当は僕だって、今までもこれからも兄を目標に『追いつけ、追い越せ』と努力している。そんな想いを兄に声を大にして伝えたかった。妬く事は即ち、身を焼く程の苦しみ、痛みを心に背負うのだ。この痛みはこの数分で出来たにしてはあまりに深く、暗かった。ずっと、ずっと少しずつ焼ける思いを心に刻んできたのだ。

優勝。それはとても嬉しい。しかし何処か空虚な心だけが自分を支配する。嬉しいのではないのか?それはもう、両手放しでチームメイトと抱き合う程に。では何故。

「進も、よく頑張ったな」

主人公さんから解放された兄が照れくさそうに言った。その瞬間何かが音を立てて崩れた。
そうか、兄か。
もっと認めて欲しい。僕を見て欲しい。ただ一つの欲求不満がここまで心を食いつぶしていたのだ。褒めて!もって褒めて!そう言いたいけど、何処か冷めた自分が衝動を塞き止めていただけだった。頑張ったな、ただそれだけでも兄が自分を認めてくれたという事実が僕の心のわだかまりを壊す。
緊張の緩和により、高ぶっていた感情は大粒の涙を誘う。気がつけば顔を歪めながらボロボロ泣いていた。

「う、良かったよぉ兄さん……勝ったぁ……!」

そのまま勢いで抱きつく。兄の細い腰はとても抱き心地が良かった。

「あ、進君いいな!俺もー!」

「おいらもでやんす!」

主人公さん、矢部さんを筆頭に、チームメイトが続々と集まっておしくらまんじゅうのような状態になる。

「よし、キャプテンを胴上げだ!」

誰かの声を皮切りに兄の身体が持ち上げられる。それを皆で支え、放り、キャッチをする。笑い声は耐えなかった。
いつか自分もこの笑顔の中心に居られるように、今年よりもっと大きな喜びを分かち合えるように。兄を超えるんだ、と野心を持ちながら。今与えられている最高の幸せを享受していた。僕たちの夏はまだ終わらない。



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