悪夢を見た、ような気がした。

気がした等と云う曖昧な言葉であるのは、目が覚めた時には其の内容を殆ど忘れかけていたからだ。
ただ漠然とした、言い知れぬ恐怖だけが躰の奥に残っている。ベッドから上体を起こして両手を見てみれば、寝汗でベトベトとしていた。

「兄さん…」

一人暮らしをするようになってから幾度となくこのような夜を過ごした。気が付けば、自分の心の中心に居る人物に助けを求めた。近くになんて居ない、そう知っていても呼ぶことで、荒くなった呼吸を落ち着けられるような気がした。

「どうしたんだ」

だが、突然投げかけられた思いがけない声に、折角落ち着きかけていた進の心は再び取り乱される羽目となる。

「どうして、ここに?」

暗闇の中、普段進が座る椅子に兄である守が腰掛けていた。指先でくるくると回しているのは、進のマンションのスペアキー。守に渡した覚えは一切無いのに、何故。

「いや、別に。それより寝苦しそうにしていたから、どうしようかと……」

答えになっているようであまり答えになっていないことを言いながら、守は椅子から立ち上がってベッドへ歩み寄ってくる。そしてそのままベッドに腰掛けると、どこか遠くを見ながら呟いた。

「僕が居なくなる夢でも見たのか」

「…そうだったらどうする?」

「僕は何処にも行かないよ」

真剣で、それでいて優しい声音で守は言う。

「進を独りで置いていくような真似は、絶対にしない」

「…なら、僕が何処か遠くへ、兄さんの手が届きそうにない場所へ行った時は?」

「必ず追いかけるさ」

「っ…なら、」

もう一度何かを言おうとすると、守の唇によってその言葉達は行方を失ってしまった。

「・・・急にどうしたの」

進が少し嫌悪込めた眼差しで守を見つめるが、守はなにも無かったかのように飄々としている。そして急に天井を見つめて進に問う。

「進は今までに、僕を信じることができたと確信できたことはあるか?」

言葉に詰まる。
信頼関係とは感情の上に成り立つ脆い大きな壁だ。作り上げるまでにどれだけの日数を要しても崩れるのは一瞬。
一見守の質問は自分に判断を委ねているようで高圧的である。
僕を信じろ。
進はそのメッセージを視線で感じ取る。あぁ、自分はこんな兄さんの視線が好きなんだ。全部お見通しだと言わんばかりの突き刺す視線。全身がゾクゾク粟だつ感覚がする。

「僕はいつだって真剣だ。人を裏切るような真似はしないし、したくない。ましてや……僕の何よりも大切な進が望むなら、死んでも……いや、進のために生き続けるよ」

「そんなの、ずるい……」

震えそうな声を絞り出して呟く。恋という感情にあてられたのでも構わない。
今自分の心の奥底にたどり着ける唯一の人間を、無条件で愛そう。決して離れることの無いように。



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