「お、九十九やんけ」

真夜中に九十九宇宙は、レンタルDVDショップのアダルトコーナーで立ち尽くしていた。
目線の先にいるのは腐れ縁とも呼べる相手で、実際に対面するのは高校三年生の夏以来である。相手の名前は阿畑やすしと言った。その時は確か地方大会の予選一回戦目で、阿畑の所属するそよかぜ高校は九十九の所属するあかつき大学附属高校に敗れ涙を流したとかなんとか。
人生ってのは何があるのか分からないもので、中学時代同級生だった阿畑と九十九は高校で別れ、また同じ大学へ通っている。進学してからもお互いに野球を続けているのだが、今まで一度も喋ったことはないのだ。入学してから一年経ち夏合宿をも経てもうすぐで秋季大会も始まろうとしているのに実に一度も。
何故かと聞かれれば、中学時代に仲が良かったもう一人の人物が関わってくるのだ。芹沢茜、彼女は阿畑の彼女である。当時三人で多く行動を共にしていたのだが、そのうち二人が恋仲だと言うのだ。
身を引くべきは当然であり、過去は忘れよう。それが九十九の基本方針だった。強いて、もう一つ理由を上げるのであれば九十九は阿畑に恋をしていた。


同性愛なんて、そういう偏見は変に常識や規則で固められていない学生には無いものである。九十九もそういう類の人間で、まさか自分が同性に恋するなんて思っても居なかったのだが特におかしいとも思っていなかった。
しかし、世間様の動きや他者の感情に敏感になりやすいのも学生の特徴である。九十九は自分が阿畑に恋をしていることを決して他人に話さなかった。それが禁忌であると悟っていたからである。
中学時代は二人のいい友人に徹していた筈なのだが、九十九が阿畑を好きだという事が茜にバレた。女性というものは勘が妙に鋭いのが常である。あくまで一般論だが。

「宇宙ちゃん、やっちゃんの事好きでしょ」

いつかなんて覚えていないがやけに夕焼けが綺麗だった事を覚えている。
その時なんて返事したかは忘れたが、茜も阿畑に恋をしている事を知った。それはとても純粋な好意で、九十九の抱く思いとはなにもかもが違った。
九十九は阿畑に欲望を抱いていたのだ。その日初めて阿畑への恋心と性欲をはっきりと自覚したのだが、それと同時に心の何処かで茜に適わない事を気付いてしまった。そこからなにもかも無気力になったし、いつもよりサボりも増えた。高校も阿畑や茜とは別のところを選び、ひとりになった。二人はいずれ上手くいくだろうから、全てを忘れていられるように頭の良い学校に進学し常に色んなものから追われるようにしたかったのだ。
しかし別の高校を選んだからと言って中学時代の様々な思い出を忘れられる筈もなく、ふとした瞬間に阿畑の事を思い出しては身体が熱くなった。一つ一つ阿畑との思い出を欲で塗りつぶした。



九十九本人はそういった意味合いでアダルトビデオは不必要なのだがこの時期というものは友人間で好きな女優を言い合ったりオススメを紹介し合ったりもするものだ。幸か不幸か今日が九十九の誕生日であり、九十九が一人暮らしであるものだったから折角ならお祝いに皆でAVみよーぜ!という妙な流れになり、先ほど大富豪を行った。見事最下位だった九十九が罰ゲーム代わりにAV9本レンタルをする羽目になり現在に至るのだ。
手にしていたのはランキング棚にあった女優モノ三点と、企画物二点、そしてロリコンと熟女好きと二次オタのためにそれぞれ厳選した作品を一点ずつ、あとネタとしてスカトロジー要素のある作品一点で、他人に見られたらどれだけ守備範囲が広いのかと疑われてしまいそうだ。
それは眼前にいる阿畑にも言えることであった。しかしこういうところで立ち話をするのはあまり良い雰囲気でないというのが暗黙のルールである。

「少し話したいことあるで外で待っとって!」

久しぶりに交わされた言葉。
自宅に友人達を待たせてはいるが、何故か声を掛けられた事が非常に嬉しくて大人しくレンタル手続きを済ませ暗闇の中佇んだ。
本当は昔からずっと声を掛けて欲しかったのかもしれない。見つけて欲しかったのかもしれない。まだ、阿畑の事を諦められていないのかもしれない。

ぼーっとしていると三分も待たないで阿畑が店から出て来た。

「すまん、待ったやろ」

「きぃせんでええで。そんで、何?」

話せるということで頭がいっぱいになり、ついぶっきらぼうになってしまう。そんな自分がもどかしい。阿畑は相変わらずやな、と笑いこちらに向き直る。

「今日誕生日やろ、おめでとさん!」

「……へ?」

思わず間抜けな声が出る。なぜ阿畑が自分の誕生日を覚えているのか、そしてそれを言うためだけに呼び止めてくれたのか。些細なことかもしれないが、今の九十九には大問題だった。

「あれ、違ったか?」

「い、いや。合ってるで、サンキュな!」

思わず、動揺して慌てている様が表に出る。

「よし折角だからそこのコンビニで阿畑さんが好きなもんこうたる!感謝せえよ!」

「コンビニなんてしけとるなぁ……」

「学生なんやから仕方ないやろ!」

大丈夫、いつものように喋れている。九十九は確信した。
二人の自宅方向は一緒だったようで、帰り道にあるコンビニに寄ることにした。今まで会えなかった分を沢山会話した。メアド交換も行った。コンビニでは、阿畑は未成年なのでお酒代わりのサイダーとケーキ代わりのシュークリームを買った。

「ほな、またな!」

久しぶりの再会もあっという間である。
二人は三叉路に立ち、別れの挨拶をする。ふと、九十九の脳内にイタズラという名の欲が過ぎる。誕生日なんだから、そんな免罪符を抱いて。
ちゅ、と唇を重ねる。

「ほなな!」

そのまま笑顔で走り去る。気持ち悪いと思われても後で「オレは二十歳になったから酒飲んで酔ってたんや、許してな」で全て許してくれるだろう。
阿畑はそういう男だ。だから、せめて。家に着くまでに秋の風よ、この火照った心を冷ましてくれ。



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