高校生程度の年齢になれば学園生活など義務をこなしつつ日々のゴシップ探しに夢中になるものである。
誰と誰が付き合っているという些細なことから未成年だけれど飲酒をした、だとかいう犯罪を武勇伝のように語る下種までも。実に数え切れないほどの噂話が蔓延しているものだ。後者のように危険な香りに憧れを持つものはその秘密を共有し、バレないようにしているつもりなのだろう。
実際のところはそこまで隠されていないのは言うまでもない。
それは名門あかつき大学附属高校でも同じであった。けれど多感なこの時期に花を添える噂といえば圧倒的に前者であろう。
片思いという甘酸っぱいものもあれば、これでもかというほどにラブラブっぷりを見せ付けるカップルなど種類は豊富だ。真偽は定かではないものや、友人知人の話なども含めると大方高校生活の三年間に全く恋愛談義と関わりのなかったものは少ないであろう。



そして今この学園で一番と言っても過言ではない程に話されている噂話は、2年A組の二宮瑞穂と3年B組の一ノ瀬塔哉が付き合っているかもしれないという憶測である。
何故この噂話が驚くほどのスピードで広められているかというと、同性であるというタブー、それに加えてスポーツ一直線で恋愛なんて欠片も興味のなさそうな二人が恋仲であるという意外性が重なって俗物に興味津々である輩には最高の話のネタになるからであろう。
むしろ二宮って一ノ瀬さんの妹と付き合って無かったっけ?などとも言われる始末である。事実、多分この噂を知らない人間はこの学園内では一ノ瀬と二宮を除くとあとは一部の教師だけである。けれど憶測はあくまでも予想の範囲である。何故誰も確認をしようとしないのか、それは二人の人柄にあった。

一ノ瀬はフランクな人柄で男女ともに人気があるのだが、如何せん怒らせると怖い。怒らせた姿など見たこともないのだが。それにもし聞こうとしても軽く冗談半分で流されてしまう可能性が大なのだ。その実一ノ瀬にはその噂の真偽について聞いた生徒が何人かいるようだがやはり上手くはぐらかされてしまったようである。

次に二宮であるが、彼は問題外である。彼の前で恋愛ゴシップを語るようならば二言目には「シメるぞ」である。一ノ瀬の妹との不倫騒動を騒がれる程(この場合正妻は一ノ瀬本人である)には女性に興味が無いわけではなさそうなのだが、かなりこの手の噂に関しては疎ましいと思っていることは間違いないだろう。所謂、ストイックな不良君である。今回のケースは相手が男だということを差し引いても「くだらねぇ」の一言で片付けられてしまいそうであるし、何よりも殺されたくないのだ。自分の命が大切である。


何故こんな噂がたったのか、それは一つの証言が原因である。
放課後夜遅くに校舎内に残っていた生徒によると、その生徒は一人で補習を受けていて終わった時間を確認すると20時30分であった。
この補習には二宮も参加する筈だったのだが、こんな時間になっても一度すら顔を出さなかったのである。ちなみに野球部にも顔を出していなかったらしい、これはおかしな話である。


あかつき大学附属高校には教科準備室が多々ある。
大体教師たちは職員室よりもこちらの準備室を根城としているのだ。ちなみに今回の補習の担当教師は一人でまるごと一つの教科準備室を使っている。
その教師が特別なのではなく一つの部屋を宛がわれている教師は多々いるのだ。でも完全に一人一つでないのはその一つの教科に対して部屋数が決まっているからなのである。
つまり担当教師が多いと一人で使うことはできなくなるのである。今回補習を担当した教師は多少ズボラだったのか、終わったら準備室にいるから声掛けてとだけその生徒に伝えて自分は部屋に篭もりきりだった。

居残りをした生徒は多少の憤りを感じつつ、補習が終了したことを告げるためにその教師のいる準備室へと向かった。
夜遅くなので、校舎の中は真っ暗なはずであるが何故か道すがら一つの特別教室に明かりが付いていた。その生徒は単なる好奇心で誰が居るのか覗こうとしたのだがカーテンが内側から掛かっていて中が見えない。扉を開ける勇気は無いので耳を当て、中の声を聞こうとした。すると部屋の内部から思春期には耳に毒であるような声が聞こえたそうなのだ。
この生徒はその時とても己の好奇心を恨んだと言う。何がおきたのか、平たく言うと喘ぎ声聞こえてきたのである。思わず硬直し、しかしなるべく物音を立てないように更に扉に耳を近づけると会話の内容が薄っすらと聞こえてきたという。

「なぁ、一ノ瀬先輩。もっとその顔見せてくれよ・・・真っ赤になってるぜ?」

その声は同級生である二宮のものだった。
それに聞き間違えるはずもない校内の有名人「一ノ瀬」という単語。
相手側は声を殺しているのか分からないが一言も聞こえなかったという。しかしこの学園に一ノ瀬姓を持つ三年生は一人しか心当たりがない。ならばそこから導き出される答えはひとつしか無いのだ。
補習だとか、外は真っ暗だとかそんなこともうどうでもいい。その生徒は頭で処理できる範囲を超えたのかどうか分からないが思わずその場から逃げ出すように帰宅したという。
補修の件については翌日担当教師に謝罪に行ったら、その時間は帰っていたという不真面目な回答が得られたそうだ。



一日といえども時がたてば人間の記憶は曖昧になるものである。その生徒は自分でも酷く混乱しながら翌日自らの持つ最上級の噂を吹聴したという。だからこの話は、はっきり真実であるかは分からない。もしかしたら全部錯乱したこの生徒の妄言かもしれないし、一部脳内補正が入ってはいるが大体真実なのかもしれない。あるいは、この生徒の証言の通りのふしだらな事が学園内で起きていたのかもしれない。

噂というのは人から人へ伝わっていく最中で一部しか伝えられなかったり、変な事が追加されていたりする。だから余計出所が分からなくなってしまうのだ。第一この噂の証言をした人物がいまだに誰かよく分かっていない。
本人自ら撹乱するために人から聞いたと告げたのかも知れないがもしはっきりと分かっていたならばその人物は質問責めにあっていたであろうことは想像に難くない。多分本人も自分の目で見たことを信じたくはないのであろう。
ちなみに余談であるがこの噂における誇大表現とは「一ノ瀬先輩が二宮にレイプされていた」程度である。

教師達もこの噂を知っていながら何故対策等をとらないのか、それは真面目に取り合っていないからなのだ。
夢見る高校生達に比べて大人というものは非常に現実主義者なのである。そんなぶっ飛んだ創作話のような噂に一々取り合っていたらキリがないと本能で知っているのであろう。野球部の人間も本来の彼らを知っているからこそありえないとふんでいるのであろう。

当事者である二宮はなんの引け目無く練習をこなしているし、一ノ瀬だって思いつめている様子がないのだ。デマでなければなんであろうというのだ、というのが穏健派全体の認識としてあるようだ。
一部だが二宮と親しい七井や九十九などはからかい半分でこの問題について尋ねられているようだが、やはり二宮からまともな回答は得られた様子がないようだ。



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