「昨日進君達と鍋パーティーをしたんだ、君たち住んでるとこ違うんだね!初めて知ったよ!」

何気ない会話であった。
少なくとも主人公にとっては、である。
この言葉を聞いたとき猪狩守の胸中は酷く苦かった。




なんの音沙汰も無く進が自宅を後にしたのはいつであっただろうか。
気がついたら一番近くに居た弟は居なくなり、かつて彼が居た空間は最初から人なんて居なかったように綺麗さっぱりとしていた。

夕食を一人でとるようになったのはいつだっただろうか。
父は仕事の都合で殆ど家に寄り付かず、母は未だに身体の調子が不安定な様で部屋からあまり出てこない。いつも向かいに座り、自分の話を真摯に聞いてくれる弟の居た席はただのディスプレイと成り果てている。

誰もいない夜がこんなに寂しいと感じるようになったのはいつからだろうか。
野球さえあれば他の何を犠牲にしても構わないと思っていた筈なのに。心が苦しくなった時、励ましの言葉をかけてくれていた唯一無二の弟は何も僕に悟らせないまま何処かへ去ってしまった。



同じチームに居るのだ、何度聞こうとしたか分からない。
体調を、所在を、理由を。
けれどその度に酷く悲しげな表情を見せ、それ以上何も聞けなくなってしまう。
ギリッ、っと彼が噛み締める唇がまるで自分の痛みのように感じてしまう。
深く追えば答えてくれるのだ、きっと。
けれどもし拒絶されたら、既に彼の心に自分が居ないのだとしたら、それが怖くて踏み出せずにいるのだ。

幾度一人の夜を過ごしただろうか。
進と暮らしていた時も同じベッドで夜を明かした訳ではない。
けれど今はその架空のぬくもりさえ愛おしいのだ。
進が、欲しい。

野球なんていらない、なにもいらない、進だけいればいい。
そう願いたい。
けれど野球のみを追い求めた末に寂しさに気付いてしまったように、無償の愛を追い求めた末に彼を捨ててしまう可能性が非常に怖い。
満塁のときに四番打者を相手にする時より臆病になる。
まぁ、まず僕は満塁まで出塁させないし四番打者だったとしても三振に打ち取る自信があるのだ。
そうか、今の僕には自信が足りないのか。

もし些細な言葉で進に傷を付け、知らず知らずの内にその傷を深くしてしまっていたら。もし自分の身勝手な挙動で、進のアイデンティティを殺していたとしたら。
傲慢に振舞っていた過去の自分が憎い。
そして、もう意識をしてもこの性格は治らないと確信している今の自分も憎い。
ああ、あぁあ、どうしたらいいのだ。何も治らない。何も変わらない。

僕は自分は猪狩守は、瞳というレンズを通してでしか進の事を、愛しい弟の事を知らない。
のだ。
もっと知らなければ更に彼を傷つけてしまうかもしれない、それはいやだ。嫌われたくない。
これ以上離れて欲しくない。
すべてを知っているのだ進は。
家計も生い立ちも全てこの僕の近くで共にしているのだ。
今でこそチームの皆に指導を与えつつ自己をステップアップさせている進なのだが、それが非常に気に入らない。
進の知りたい野球を知っている僕が全て教えてあげるべきなのに。
皆に必要とされている進と、そんな進に拒絶され
るボク。
一番進の事を理解しているのに僕が、なんで拒絶なんかされなきゃいけないんだおかしいこれはおかしいんだ。
僕は本当に全部知っているのに。
進は僕の事を知ろうとしない。



僕は今日も夢に出てきた進と仲睦まじく話す。
明日もこれからもずっと仲良くしようね。だいすき。




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