暖かな光が漏れる引き戸を開けて暖簾をくぐると香ばしい油の匂いが嗅覚を刺激した。真夜中の店内は客も少なく閑散としていて、シンクを拭いていた店主が厨房の中からこちらの顔をちらりと見て気怠そうにいらっしゃい、と挨拶を投げる。
入口の近くのカウンター席に並んで腰かけて、小さな紙に書かれているメニュー表を覗き込む。一応種類はあるが、この店を教えてくれた剣司曰く一番のおすすめは醤油ラーメンとのことだった。
「総士、何にする?」
「お前は何にするんだ」
「醤油ラーメン」
「僕も同じもの……いや、炒飯セット」
「ん」
 注文を終えると目の前に置かれたグラスに水を注ぎ舌を湿らせながら、オーダー通り目の前で黙々と調理する店主の背中を見ていた。店の奥にあるテレビでは深夜帯のバラエティ番組が放送され、時々甲高い笑い声が聞こえてくる。
 十分程待って、テーブルの上にほかほかと湯気を立てる鉢が置かれた。火を通しすぎずしゃきしゃきのもやし、飴色に輝く味付けメンマ、半分に切られ、とろとろ絶妙な半熟になった黄身が顔を覗かせる味付け卵。そして真ん中に鎮座する、とろとろに煮込まれたチャーシュー。少し遅れて、総士の方には綺麗なドーム状に盛られた炒飯が追加される。黄色い玉子色のそれは見るからにぱらぱらとしていて、米の間からねぎの緑と細かくサイコロ状に切られたチャーシューが見えていた。その圧倒的な視覚の暴力に耐えきれず、どちらも同時にいただきますと挨拶をして割り箸を割った。
 一騎は麺を食べる前に琥珀色のスープを蓮華で掬い、口に入れる。醤油のあっさりとした味の中に深いコクがあってうまい。思わずもう一口すすってから、麺の中に箸を入れた。
 掬った麺は太いちぢれ麺で程よくこしがあり、スープによく絡む。熱々のそれに二回三回と息を吹きかけてからずるずると音を立てて啜り上げ、口内が火傷するのも構わず咀嚼する。ごくんと飲み込むと同時に二口目が食べたくなって、その欲求に逆らわずに麺を掬う。気が急いてしまうが仕方がない。下向きになると頬にかかる髪が邪魔で、落ちてこないように片手で耳に掛けた。
 隣の総士も無言で箸を動かしているが、湯気で眼鏡が少し曇っている。几帳面な総士にしては珍しいなと思いながら、名前を呼んでこちらを向いた顔から眼鏡を抜き取った。
「食べにくいし汚れるだろ」
「ああ、すまない」
 眼鏡は端っこの安全な場所へ避難させ、また二人黙々と食事を再開する。ひとしきり麺をすすり、一騎は味付け卵に箸を伸ばす。口に入れた瞬間黄身のほのかな甘さが広がって、追うように漬けダレのうまみが舌にのった。
 チャーシューは箸で切れるほど柔らかく煮込まれており、麺と一緒に齧り付けばもう止まらない美味しさで、夢中で食べ進めるうちに体が温まって額には汗が滲んでいた。水を飲んで体内に籠った熱を散らし、手櫛で髪を一つにまとめる。手首に通してあった髪ゴムを使い括ると首筋が幾分か涼しくなった。満足してまた箸を取る。
 結局もやしひとつ残らず食べ終えて、ふ、と息を零した一騎が隣を見ると、総士も蓮華に乗せた最後の炒飯を口に入れるところだった。ラーメンの鉢も既に空っぽになっており、中々普段には見られない食いっぷりである。夜中に食べるラーメンは罪の味などと剣司が言っていたが、なるほど確かになあと腹が満たされる幸福を感じながら一騎は思ったのだった。



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