隣にあった温もりが遠のいて、深い眠りの淵で漂うばかりだった意識が浮上する。耳元で聞こえた衣擦れの音に、閉じようとする強情な目蓋をこじ開けるのと、襖を静かに閉める音がしたのは同時だった。
 何度か緩慢に瞬きをして、目の縁の眠気を払い落とす。少しはっきりとしてきた視界に映った真っ白な朝の光と、少し日に焼けた畳の目に総士はここがアルヴィス内の自室ではないことを思い出した。昨夜は一騎の家に泊まったのだったか。客用の布団と彼の布団をそれぞれ並べて敷いて寝たはずだが、今肌に僅かに残る温もりから察するに、いつの間にかこちらの布団に一騎が潜り込んできたらしい。どうりで眠っている最中、いつもよりも暖かかったはずだ。とりあえずは起き上がろうと身動くが、結局は思い直してそのまま徐々に冷めていく彼の気配ごと包み込むように丸まった。
 心地よいまどろみから抜け出すことを、体が拒否している。未だ覚束ない思考が柔らかく溶けていく中で、そのうち台所から控えめに聞こえてきた水音や食器の音は、まだ眠っているであろう彼の父や布団の中から抜け出せない総士を気遣ってくれているのだろう。本当ならば起きてしまった手前なにか手伝うべきなのだが、今日のところはその気遣いに遠慮なく甘えることにした。平和な中の日曜日である今日は、史彦は昼からの勤務、総士は一日オフである。
 どれぐらい経ったのか、台所から聞こえていた料理を作る音が収まった頃になって総士は体を起こした。早朝の冷えた空気が背中を這って、反射的に背中がぶるりと震えたが、それを押さえ込むように布団から抜け出す。
 素足に触る床板の冷たさを感じながら、のそりと居間に顔を出せば、準備を終えたらしい一騎が丁度こちらを向いたところだった。視線が合わさった途端に、黄玉色の瞳が細められる。
「総士、おはよう」
「……おはよう」
 まだ本調子ではない寝起きの状態がおかしかったのか、くすくすと笑いながら伸ばした右手で前髪を撫で付けられた。どうやら寝癖が付いていたらしい。
「朝飯できてるから。悪いけど温めて食べてくれ」
「ああ、ありがとう」
「昼飯はどうする?父さんはアルヴィスの食堂で食べるって言ってたけど」
「店に行こう」
「ん、分かった。待ってる」
 昼に一騎の仕事場である楽園に行くことを伝えれば、待ってると言った彼はとろとろと嬉しさを零すように微笑む。そのまま荷物を持って居間を出て廊下を歩くその後ろに続きながら、暢気に出てくる欠伸をかみ殺した。
 オフの総士とは違い、一騎は今日も楽園の仕事が入っている。休みを合わせられなかったことを昨夜はとても残念がっていたが、楽園に顔を出すと伝えた今は後姿でも分かるぐらいに上機嫌だ。玄関の上がり框に座り靴を履く姿を後ろから見ていると肩に掛かった黒い髪がさらりと流れ、履き終えたのか立ち上がった後数歩歩いて引き戸の前で立ち止まり、振り向いた一騎は柱に背を凭せ掛けて立ったままの総士を見た。
「じゃあ、行ってくるな」
「行ってらっしゃい」
 朗らかな顔と声に穏やかな声で返事を返してやる。引き戸を開けて出て行く背中を見て、とりあえず自分も目を覚ます為に顔を洗おうと踵を返した時、半ば叫ぶように自分を呼ぶ声に反射的に振り向いた。
「総士!」
「一騎?どうした、っうわ、」
 忘れ物だろうかと彼に近付いた途端、腕を引かれる。突然のことに反応できず、手加減の無い力でそのまま前のめりになった体にぐっと近付いた一騎の顔が見えて、黒髪の間で赤くなっている耳に気付いた時には唇に仄かな温もりが乗せられていた。すぐに離れたそれに理解が追いつかず、石のように固まっている総士を見て幸せそうに微笑んだ一騎はやはり上機嫌だった。
「忘れもの」
「……ああ…」
 柔らかな朝日を背に、どこか悪戯っぽく落とされた言葉に随分と間抜けな返事を総士が返したのは、満足そうな表情の彼がからからと扉を閉めた後だった。


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