ベランダの洗濯物を取り込む。ここのところ雨続きで鬱陶しかった空も今日は中休みの綺麗な青空で、洗濯物も太陽の下でよく乾く。鼻歌でも飛び出しそうな気持ちで腕一杯に抱えると、柔軟剤と日向の匂いがした。
 部屋の中に入れたそれを床に敷いたラグの上に置いて、その横に座った一騎は慣れた手つきで一枚一枚畳み始める。大学入学と共に一緒に住み始めて早五年、家事は分担で行っているが、ちょっとしたことならば自分の役割ではなくても手際の良い一騎がやってしまうことが多い。家事をするのは苦ではないし、楽しんでやっているところもあるので彼からも特に何かを言われたことはなかった。
 ついでに換気もしてしまおうと開けたままの窓の外からは、周囲の音が良く聞こえる。ざわざわと梢が揺れる音、車の低いエンジンの音、話し声、階下からの掃除機の音。それらを穏やかな気持ちで聞きながら、一騎自身も日常を作る幸せな音の波の中でたゆたう。それは彼が好んで聴くクラシックのような、落ち着いていてそれでいてどこか懐かしいような、柔らかな心地良さを与えてくれた。そしてじんわりと思う。とても良い午後だ。
 二人分の洗濯物の小さな山が半分程になるまで何度か同じ動作を繰り返して、ふと左手の薬指の銀色に目が止まる。陽だまりの中で輝いて見えるそれはシンプルなデザインの指輪で、まさに今日の朝、彼、総士と受け取りに行って来たものだった。
 少し前、総士が仕事の出張で一週間ほど家を空けたことがある。途端に広くなった部屋を一人きりで持て余す様に過ごし、心の中で待ち望んだ彼が帰ってくる日は仕事の休みを利用して、疲れているだろう彼のために朝一番で布団を干した。夜になると風呂を沸かして、彼の好物を沢山作った。
 そうして笑顔で「おかえり、総士」と迎えれば、案の定疲れ切った様子の総士はびっくりしたように固まって、それから無言で一騎を抱き締めた。突然の抱擁に慌てるこちらをよそにその直後に耳元に小さく落とされた「結婚しよう」という言葉に今度は一騎が固まって、その反応に我に返った総士が真っ赤になって慌て出したものだから、なんだか収拾のつかない展開になってきたなあなんて最後にはくすくすと笑い出した一騎が、茹で上がったその頬に落としたキス。
 衝撃にぽかんと口を開いたなんとも間抜けな顔を真っ直ぐに見据えて、「よろしくお願いします」と微笑めば優しい抱擁と唇へのキスが返ってきた。同時に優しい感謝の言葉も。

 自分たちは式を挙げることが出来ないから、何か形になるものをと話し合って指輪を作ることにした。二人で費用を折半するという一騎が出した条件の元、あらかじめ決めた予算の中で総士が店舗をピックアップしてくれて、二人の休みが重なった日に仕立てに行った。そして連絡を受けた今日の朝、完成した指輪を揃って受け取りに行ってきたというわけだ。完成品を見せてもらって受け取るとなんとなく緊張してしまって、どちらも言葉少なに寄り道もせずにマンションへと帰り着いて。リビングのソファに座りながらお互いの指に指輪を嵌めて、無機物のひんやりとした温度に一騎自身の体温が移っていくのを自覚した時、ふにゃふにゃと地に足が着いていない様な、まるで夢見心地のような嬉しさと総士と交わした約束の実感が湧いてきて、情けない表情で笑えば同じように口元を綻ばせた総士が手を取り一騎のものになった銀色にそっと口付けを落とした。誓いのようなそれに、「お前ってほんと恥ずかしいやつだな」なんて言いながら、少しだけ泣きそうになったのを思い出して恥ずかしくなる。
 洗濯物から手を離して、左手を窓から見える空に翳した。どこまでも澄み切った青空と白い雲の下で、暖かい温度の指輪がそこにある。まだ少し慣れないながらも、そこに痛みはない。
 玄関のドアが開く音がした。きっとスーパーへ買出しに出かけた総士が戻ってきたのだろう。日曜日の今日は午後遅くから出勤の一騎に代わって、一日休みの総士が夕食を作ってくれるらしい。一騎はそっと目を閉じる。幸せだなあと思った。


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