君が僕の隣から姿を消してから、一年に一回届けられる手紙には差出人の住所も名前もない。封筒の中から出てくるのは絵葉書が一枚。魔動器が無くなり、以前から使われていた写影魔導器はその役目を失った。その代替品として人々が手に取ったのは絵画やスケッチなどのたぐいだ。その中で庶民から富裕層まで一般的に広まったのが、土地の風景や日常の一幕が鮮明に描かれた絵葉書だった。写影魔導器や写真のように高価なものではなく、比較的安価な値段で手に入りやすいそれは土産品としても売られ、各地で瞬く間に普及することになる。
 封筒の中に入っている絵葉書には毎回僕の知らない風景が描かれていて、その裏には見覚えのある字で必ずこの絵葉書を手に入れたのであろう場所と日付が書かれている。その筆跡と知らない風景の絵葉書が唯一、僕と君を繋いでいた。

 正式に騎士団長に就任してからは、目の回るような忙しさに何度か倒れそうになった。多分君は知らないだろうが、城の医者に栄養剤を打ってもらいながら山のような仕事をそれこそ鬼のようにこなしていた時期もあったよ。周りから体調管理だけはしっかりしろと言われていたけれど、そんなこと言ってられなかったんだ。毎日飛び込んでくる書類や会議は僕のことなんか待ってはくれないからね。それにこうしている間にもこの世界のどこかで苦しんでいる人がいるかもしれないと思ったら、おちおち休んでも居られないだろう?
 でも、苦しいことばかりではなかった。たくさんの壁を乗り越えながら(その中には勿論評議会との平行線を辿る会議もあった訳だけれども)ゆっくりではあるけど僕達が確実に一歩一歩前に進んで行く度に、世界もまた一歩ずつ前を向いて歩き出していた。中々外へ行けない騎士団長の代わりに、部下達が嬉しそうに話してくれるそれぞれの任務先でのこと、ギルドと騎士団の関係、乾いた地面にぽつぽつと花が咲くように、明るくなっていく人々の心がどれだけ僕を奮起させたか分からない。そしてそれは正しい道への道標でもあった。
 それから、時々皆が尋ねて来てくれた。忙しい合間を縫って、カロルやジュディス、パティやリタと会う時間は僕にとってとても心が安らぐ時間だったよ。皆僕に負けず劣らず忙しそうだったけど、元気そうな顔を見ることが出来て安心したし、僕も頑張ろうと思えた。今でもハルルの花が満開になる頃になると、一日休みを取って皆でハルルに集まるんだ。勿論エステリーゼ様やレイヴンさんも一緒に。一回目は君も居たから分かるだろうけど、レイヴンさんが酔い潰れて最後は大変なことになる。主に僕が。あの中で介抱できるのは僕しかいないだろう?ああ、でも最近はカロルが手伝ってくれるようになった。レイヴンさんに肩を危なげなく貸せるんだから、彼も立派な大人になったなあとしみじみ感じてしまう。その代わり僕はおじさんになってしまったかな。まだまだそんなつもりはないんだけど。でもこの間テッドにフレンもおじさんだねって言われてしまったんだ。あれは結構堪えたなあ。

 話が逸れてしまった。なんせ言いたいことが尽きないんだ。とても一晩では語りきれない。全てを語ってしまったら、千夜一夜の物語になってしまう。君もそれは避けたいだろう?僕もそれはごめんだ。
 とにかく、ひたすらに前を向いて歩いてきたんだ。一年に一回、部屋に届く手紙を心待ちにしながら、届いた手紙に返信することさえ出来ない悔しさを抱えて。それさえもこの世界を守る力に変え、僕は騎士団長として尽力してきた。君もどこかで、風の噂で僕の事を聞いたりしていたんだろうか。そうだったらいい。君は僕の隣から離れたけど、ざまあみろ。僕は君の隣を誰かに譲る気は無いんだ。
 僕の元へ届く手紙の数が片手では足りなくなる頃、届いた封筒を開けると目を瞠る様な青色が飛び込んできた。忘れもしない、あの丘を登っていった先の、薄い青と濃い青の少し丸みを帯びた境界線。君からの手紙では初めて、僕の知っている風景だった。今までのように絵ではなく、一体どこから探し出してきたのだろう、鮮明に色を残す一枚の写真。震える手で静かに裏返したそこに文字は無く、鼻先に僅かに潮の匂いが漂った気がした。追いついて来い。あの日の記憶が鮮明に蘇った。


 あの日を境に、君からの手紙が来なくなって四年が過ぎようとしている。今回少し長い休暇が取れたから、遅くなったけど君が送ってくれた絵葉書の場所を、順に巡ろうと思う。今、一枚目の絵葉書の場所に行く船の上でこの手紙を書いている。この旅の最後はどうなるのか、僕にも分からない。この手紙が君に届くのかも、僕には分からない。だけど、きっと全てに意味はあるんだ。そうだろう?ユーリ。
 待っていてくれ。今度は僕が、追いつくから。



フレン・シーフォの手紙






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -