袖で擦るときらりと光る表面は赤く澄んで、一口齧るとしゃくりと音がした。程よく熟れた果肉が舌の上に乗って、僅かな酸味と透き通るような甘さが喉を潤していく。少し歩いただけでも十分喉は渇いていたらしい。程よく冷えたそれに、思わず微笑んだ。
 すかさず、「行儀が悪いよ」だなんて横から注意が飛んでくるのに、ユーリは肩を竦めて応えた。いちいち言い返していたら、いつものように口喧嘩に発展するのは目に見えている。フレンに口で勝てる自信はあるし、別にそれでも良かったのだけれど、今日くらいは勘弁して欲しい。
 久しぶりに揃った休日である。ユーリはギルドの仕事、フレンは騎士団の仕事、あれから時が経って落ち着いてきたとはいえ、まだお互い中々に忙しい身の上だ。いつもは夜もとっぷり更けた頃にフレンの私室、箒星の2階、あるいはどこかの宿屋にでもしけこんで、久しぶりの逢瀬よろしく挨拶もそこそこに抱き合ってはいさよならなんてことも珍しくない。そんな中で、今回は日が出ている時間から一日一緒に過ごせるのだ。こんな日にまで喧嘩になるのは勿論ユーリの本意ではなかった。
 外に出ないかと誘ったのはフレンだった。今日は休日だから市場や露店も出てるだろうから、ぶらぶら歩いてみないか。その誘いに対してにやりと意地悪く笑いながら、それってデートのお誘い?なんて首を傾げたユーリに、そういうことになるねと素直に頷いて微笑んだフレンに誘われるまま太陽の下、喧騒の中に出た。
 旅の途中でも一緒に買い物をすることはあったけれども、何の目的も無いままに店を冷やかしながら歩くのは最近になってからである。数年前までは日中にこんな暇があったなら迷わず剣を合わせていただろうし、夜は夜でやはりお互いを求め合っていただろう。隣でふわふわと揺れる金髪を横目に見ながら、ユーリはもう一度、手に持った果実に齧り付いた。
 こんなに穏やかな時間を過ごすことが出来るようになるとは、あの頃の自分たちには想像できなかっただろう。流石に手は繋がない代わりに、不自然に見えないくらいの距離で触れる肩が少しこそばゆい。
 自分たちの間にあった色々なものをひとつずつ片付け、時には反発し合いながらも、複雑に絡まってしまった糸を時間をかけて丁寧に解いて綺麗に慣らした土台の上。手に入れたのは言葉にするには難しいもので、ユーリ自身未だにその気持ちの落とし所が分からないでいる。けれども、例えばベッドの上で見る朝日だとか、並んで見る夜空に瞬く星だとか、同じ場所に立ち、二人で見て共有するものを少し大切に思うようになった。その小さな変化は、お互いの中ではきっと重要な変化だったのだろう。もっとも、それをユーリに言わせれば、オレらも年を取ったよなという一言で片付けてしまうのだけれども。

 麗らかな陽気に誘われて、市場は人でごった返している。時刻は丁度お昼時で、空から降る太陽の光が暖かい。どこからか甘い匂いが漂ってきて、ユーリはきょろきょろと辺りを見回した。
「どうしたんだ?」
「んー、いや、甘い匂いがしたからさ」
 不思議そうに聞いてきた顔に笑いながら返すと、目線を通りの向こうに投げたフレンの瞳が何かに気付いたように細められる。
「ああ、あそこでクレープを焼いてるんだ」
「おっ、やっぱりな」
 クレープという言葉を聞いた瞬間弾んだ声にフレンが苦笑して、そういうところは全く変わってないね、なんて言葉を掛ける。言われたユーリはフレンをじとりと睨みつけた。
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味だよ。……ユーリは甘いものが好きだね」
「悪いかよ」
「悪くないよ」
 不貞腐れたように返すその言葉に素直に返事を返すと、言葉に詰まるユーリが可愛いとフレンは思う。直球な言葉に弱いところも変わっていないのだ。いつもは口がよく回る彼も、こんな時だけはフレンには勝てない。結局何も返さず黙り込んだユーリの敗北を感じ取ったのか、フレンは嬉しそうに微笑んだ。
 時は過ぎる。変化するものもあったけれども、怖いぐらいに穏やかに、ずっと変わらないものもあった。踏み出した一歩の差で、今は少し前を歩くフレンの背中。悔しいのか恥ずかしいのか良く分からない気持ちで、思わず手が出たのはユーリだ。
 仕方ないなあとクレープを買うために歩き出したのだろう背中をばしりと叩かれて、フレンは堪えきれずに笑い出す。
「痛いよユーリ」
「うるせえよ」
 くつくつと肩を震わせるその隣に、ユーリは歩幅を揃えて追いついた。




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