暗闇の中から、世界の輪郭がぼんやりと浮かんでくる。音を持たず色彩を欠いた部屋の中で、辺りを包むように広がる湿り気を帯びた静謐な空気が、まだ乾ききらない真っ黒なカンバスに灰色の絵具をぽつんとひとつ落としたように、深い夜が明ける気配を滲ませた。

 柔らかくうねるシーツの上に体を投げ出して、体に纏わり付く微睡みとじゃれ合う。普段よりも鈍い五感から伝わる情報は、どれも薄い膜ひとつ隔てたように遠い。その中で微かに鼻腔を擽った苦い匂いに、フレンは重い瞼を開いて目線を上にあげた。
 先に目に入ったのは、闇の中から浮かび上がるような白い体躯。作り物めいた緩やかな起伏を辿った先端で、小さなオレンジ色が音を立てた。そこから細く上へ立ち上る白い糸は途切れることなく、まるで生き物のように空間を浮遊しては、そのうち僅かに余韻を残して消えていく。
 部屋の中に染みのように付いた熱の名残に紗を掛けていくように、夜の縁をなぞって静かに行われる儀式めいた行為を、ただ黙って眺めていた。
 朝になれば、今この瞬間も幻となるのは分かっている。人に言えたものじゃない、どこまでも本能的で、自己中心的な子供っぽい夢うつつの関係だ。暗いベッドの中で綻び、乱れ、絡み合いながらも、全てが終わればするりと解け、何一つ残らない。二人の間に、泥のようにこびり付いた欲望でさえも。
 腕を伸ばして、陶器のような滑らかな肌に指を這わせる。ぴくりと痙攣した体に目を細めると、こら、と低く囁くように、咎める声が降って来た。その声につられるように指先を離したフレンの視界の隅で、細い筒から離した薄い唇が開く。
 熱に侵された記憶の中、ほつれる様に甘い音を零そうとする唇が「フレン」と呼んだのを思い出して。あ、と思ったその瞬間には溜息のような息と共に薄い煙を吹きかけられて、咄嗟に息を止め不快感に顔を顰めたフレンに、ユーリはただにやりと笑っただけだった。

「やめろ」
「すげー嫌そうな顔だな」
「煙草は好きじゃない」
「へえ」

 からかうような雰囲気を含んだ返事をしながら、ベッドサイドの灰皿に灰を落とすユーリの剥き出しの肩を紫煙が這う。フレンが望んでも、今はもう触れることさえ出来ない場所に漂う淀みは、舐めるように形状を捉えながら歪な繋がりを包み隠していく。
 そうして暗いベッドの隅に迷い込んだ夢から、朝もやの現実へと戻っていくのだ。お互いの間にある、欲望や願望を置き去りにして。
 もう十分短くなった煙筒の先のオレンジの灯は、すぐに部屋に横たわる沈黙の下へと沈むだろう。そして太陽が昇る。朝が来る。自分たちに残されたこの夜の時間は、露程も無い。目覚ましのベルが鳴るように、十二時の鐘が鳴るように、窓の外で鳥がさえずった。

 部屋に漂うこの煙が消える頃には、何もかもが日常に淘汰されていくのだ。そうやって繰り返す。何度も、何度も。




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