かちかちと時計の音が静かな部屋に響く。目覚めたばかりのぼんやりとした頭で、そういえばテレビは点いていた筈だけどいつ消したっけと考えて、昨日の最後の記憶を朧げに思い出した。
 確か日付が変わる少し前までは、自分が作った年越し蕎麦をフレンと二人で啜って、その後はみかんを剥いたりテレビを見ながらのんびり年越しの瞬間を待っていた筈だった。それなのにいつの間にか、隣で不穏な動きを始めたフレンにキスされて、あろうことか押し倒された。
 戯れるように色々な所に容赦無く吸い付かれ、普段なら一発殴ってやる所だったが、ほろ酔いだったこともあって気分が良かったオレは殴るどころか仕返しだとばかりにフレンの顔中にキスをお見舞いしてやった。そこからはもうあやふやな記憶しか残っていないけれども、お互いの間でキスを繰り返す間、テレビの音が邪魔だからとフレンがリモコンに手を伸ばしていた気がする。
 記憶をそこまで探ってから、今更ながら湧き上がってきた羞恥心に絶えながらユーリが視線を隣に向けると、そこには予想通りすやすやと寝息を立てるフレンの顔があった。
 キスの応酬から先の記憶がぷっつりと途切れていることから考えて、どうやらいつの間にか寝てしまったらしい。いつ年が明けたのか、それすら分からないまま朝を迎えてしまった。
 カーテンの隙間から朝の弱い光が入ってきているのを見て、まだ朝の早い時間だろうと見当を付ける。唸りながら寝返りを打とうとしたら、がたりと揺れたこたつの上からみかんがころころと転がり落ちた。床に落ちるそのオレンジを目で追っていった先で、金色の間から見える目蓋が僅かに動いて眉間に皺が寄る。やがてふるふると震えた睫毛の下から、寝ぼけ眼の青色が覗いた。
「んん、ユーリ?」
「……おう、おはよ」
「おはよう」
 ふわあと欠伸を零すフレンを横目に、目を凝らして見た壁に掛けてある時計は午前七時を指している。遠くから聞こえる鳥の鳴き声と共に、アパートのすぐ側の道路を走る車の音が僅かな振動と一緒に耳に届く。
「今、何時だ?」
「んー、七時」
「そう」
「はは、眠そうな顔」
 纏わり付く眠気を振り払うように、しぱしぱと瞬きを繰り返すフレンに笑いながら頬に手のひらを当てる。じわりと混ざり合って伝わってくる体温を感じていると、頬を摺り寄せて手に懐いたまま、フレンがぽつりと言葉を零した。
「なんだか」
「ん?」
「学生の頃に戻ったみたいだ」
 穏やかに微笑みながら「君とこんな風にだらだら過ごすことなんて、最近は無かっただろう?」というフレンにきょとりとした顔を向けながら、ユーリは考える。そうだっただろうか。確かに働き出してからはお互いに忙しく、こんなにゆっくりとした時間は無かった気がする。毎日顔を合わせてはいたけれども、夜は仕事を終えた後どちらかの家で夕食を食べるだけ。その後はお互い持ち帰りの仕事をして、余裕があれば抱き合うこともあったけれど最近は倒れ込むようにして同じベッドで眠るのが精々だった。そうして迎えた朝も慌しく身支度を済ませて、二人揃って家を飛び出していく毎日を送っていた。
 返事の代わりにあー、と言葉を濁すユーリに、くすりと笑ったフレンはだから、と未だ少し眠気の残る青色を甘やかに溶けさせた。
「新年早々、幸せだなあと思って」
「馬鹿じゃねえの……」
 ふい、と視線を横へ逸らすユーリの耳が赤いことに、フレンは気付いたのか。内心でこいつのこういうところがむず痒くて堪らないと溜息を吐くユーリの耳朶に、柔らかく響く自分を呼ぶ声が触れる。
「ユーリ」
 じとりと睨んだ先には、先程と同じ、穏やかに微笑むフレンの姿。頬に乗せたままの手を取られ、指を絡められて。
「明けましておめでとう、今年もよろしく」
「……おう、よろしく」
 視界に広がる金色を見て、静かに目を閉じる。優しい温度と共に、新しい一日が始まろうとしていた。




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