洗いあがったシーツをかごに詰めて、日の当たる中庭に移動する。比較的ゆったりとした日曜日の午後。
 白いシャツを腕捲りして、ユーリはうし、と気合を入れた。日差しが心地良い。絶好の洗濯日和だ。

 この屋敷に執事として仕えて1年、漸く仕事にも慣れてきた。最初こそ慣れない事ばかりで戸惑ったこともあったが、元から器用な性格もあってか何とかやってこれている。仕事の他にも、この屋敷に住んでいる人間は大らかな人が多く、豪快で快活な主人を筆頭に少々癖のある人物ばかりだけれども、その実皆優しいのだ。孤児院上がりで身寄りも無く、敬語のけの字も知らないような自分のことを、それでも執事として雇ってくれたこの家には感謝している。
 今日も朝早くから朝食の準備をして、それの後片付けや掃除や洗濯などの家事をこなしながら、先ほど遊びに行く子ども達を見送った。そうなったら子ども達の相手をすることも無い。今日は珍しく、奥方の午後のお茶会の予定も入っていなかった。それならと、天気がいいのを確認して、掃除のついでに各部屋のシーツを洗ってしまおうと思ったのが一時間前のこと。
 沢山並ぶ物干し竿の前にかごを置き、そこから取り出したシーツを一枚一枚干していく。緩やかな風が干されたシーツをひらめかせ、それと同時に、忙しなく動き回るユーリの頭の後ろで一つに括られている黒髪もさらりと揺れた。
 そうして半分程干し終わった時だった。突然背後から声をかけられる。
「ユーリ」
 振り向いた先、先に見えたのは太陽の光を映した様な金色。それから空の様な青い瞳。
 執事に支給される黒のベストをいついかなる時でもきっちりと着たその姿は、この一年で随分見慣れたものだった。
「手が空いたから手伝うよ」
 そう言ってにこりと微笑んだのは、この屋敷に使えるもう一人の執事でありユーリの同僚でもある、フレン・シーフォだった。

 フレンとユーリが初めて出会ったのは、雇われて最初の仕事でのことだった。「そういえばもう一人執事がいる」なんて今思い出したかのように主人に言われた言葉に、きょとんとするユーリに紹介されたのがフレンだった。
 第一印象は礼儀正しい奴。「宜しくお願いします」と深々と頭を下げられたユーリが「コチラコソ、よろしく」なんて少し戸惑ったように頭を下げたのを見て、まあフレンも今日がここで初めての仕事なんだ、年も同じだし、宜しく頼むわ、と主人は豪快に笑ったのだった。
 それから一年。最初は仕事をしながら喧嘩ばかりだったフレンとの関係は、執事としてこの家に仕え、共に暮らすうちに徐々に改善されていき、今では良い仕事仲間である。仕事仲間であり、親友でもあり、更に言うと同僚・友人以上の関係にまでなってしまった。つまりは、恋人だということ。


「かなりの量だな」
「んー、明日から雨だって言うし、今日一日で全部終わらせたかったんだよ」
 そう言いながら、ユーリは一枚一枚手際よく干していく。敬語と掃除はまるっきりダメ、けれども料理と洗濯だけは意外と几帳面にこなす。その仕事ぶりは、時々フレンが驚くほどだ。
 隣に立ったフレンも、かごから出したシーツを物干し竿に掛けて皺にならないように広げる。目の前を埋め尽くす洗い上がりの混じり気の無い白が、ちかちかと目に眩しい。思わず目を瞬いたフレンに気付いたユーリは笑って、洗濯ばさみを差し出した。それから暫く。
 2人で黙々と干す作業を進め、最後の一枚を干し終えた時には心地良い達成感が生まれていた。
「終わった…」
「お疲れ様」
「おう、お前も手伝ってくれてありがとな」
 おかげで予定より早く終わった。隣を見れば、風に靡くシーツが太陽の光を反射して視界を明るく埋める。その合間に金色が見えて、眩しい色彩に思わず目を細めた。ユーリ、やけに優しい声に名前を呼ばれて、それに返事をする前に腕を引かれる。なんだ、と思う暇もなかった。
 白い色が視界を埋め尽くす瞬間、至近距離まで近付いた青が、あって。
「っ、え」
 一瞬そこに触れた暖かい感触。気付いた時にはもう唇が離れた後だった。
 シーツのカーテンに隠れるように降ってきたそれ。かちりと固まったユーリが見つめる先で、唇をぺろりと舐めたフレンは悪戯が成功した子供みたいに、報酬だよと笑ったのだった。


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