木漏れ日がゆらゆらと地面を揺らしている。
 地面から仄かに匂い立つ、若草と少し湿った土の匂いが、じりじりと地面を焼く熱気を少し和らげてくれるようで、フレンはそっと息を吐き出した。
 頭上からは鳴きしきる蝉の鳴き声が、煩いぐらいに降っている。夏だなあとぼんやり思って、それから背中を流れた汗に眉を寄せた。暑い。
 水分補給のためにさっき自販機で買ったペットボトルは既に少し温くなり始めていて、青い色が印象的なラベルには大きな水滴がいくつも付いていた。少し傾けると、表面を滑り落ちた水滴はぽたぽたと雫になって落ちて、地面に丸い染みを作る。それがすぐに乾いていくのを見ていたフレンは、そっと目を閉じた。
 蝉の鳴き声が煩い。葉と枝の隙間から漏れる太陽の光が、じりじりと肌を焼く感覚が伝わってくる。瞼の裏で、木漏れ日が揺れた。頭の上では梢が重なり合ってかさかさという音を立てて、その音に紛れるように、どこか遠くで人の声がする。
 しばらくそうしたあと、フレンはふと目を開けた。飛び込んできたのは、色鮮やかな色彩。木の緑に日差しの白、花壇の赤に空の青。夏は視界に映る色がどれも鮮やかさを増すようで、彼は密かにこの季節が好きだった。じりじりと身体を焼くような暑さは苦手だけれども。
「フレン」
 聞き慣れた声が鼓膜を揺さぶって、その声につられるように目線を移した先にふわりと揺れる黒髪が見えた。
 太陽の光を吸い込んでしまいそうな綺麗な黒髪をお団子にして、フレンよりも暑そうにこちらへと向かってくるのは、彼の幼馴染のユーリである。制服のカッターシャツ、二番目のボタンまで外したユーリは、やはり暑いのか襟元をぱたぱたとさせ風を送り込んでいる。だらしない格好に、炎天下の中待たされたことも忘れてフレンはため息をついた。
「ユーリ、だらしない格好はするな」
 注意した言葉に返ってきたへいへいという生返事に、フレンはこめかみを引き攣らせる。全然反省していない。しかし、説教しようとした瞬間を見計らっていたかのようにユーリが口を開いた。
「それ頂戴」
 ユーリが指差した先には持っていたペットボトル。頂戴と言われればつい反射的に渡してしまうのはもう仕方が無いことで、フレンの幼い頃からの癖だった。差し出されたそれを受け取ったユーリは、自然な動作で中身を煽る。
 傾けられた中身が光を反射する。ペットボトルの表面に浮いた結露が、ユーリの長い指を濡らしながら滑り落ちた。辿るように目線を下げた先、こくこくと小さく動く喉は日に焼けておらず真っ白で、その真っ白な肌に浮いた汗が、一粒ぽろりと零れた。その瞬間どきりと鳴った心臓が、少し痛い。
 露になった首に、這うように張り付いた一筋の黒髪まで見てしまってから、フレンは息を詰めた。
「っ、」
 煩かった蝉の声は、もう聞こえない。今まで見ていたもの、聞いていたものが急速に意識から遠ざかって、目の前のユーリから目が離せなくなる。瞬間的に湧き上がった感情を、無理矢理押さえ込む。

 それは僅かな時間の出来事だった。丁寧にキャップを閉め、飲み終わったペットボトルを目の前に差し出されて、フレンは内心の動揺を悟られないように無言でそれを受け取る。そんなフレンを見て笑ったユーリは、一言サンキュと言ったきり日差しの中を歩き出した。その背中を追うように、フレンも木陰から一歩踏み出す。
 胸の奥に沸きあがったどうしようもない感情と衝動を、太陽の光がちりちりと焼き潰してくれることを願いながら。






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