可愛いは忠義
がちゃ…。なるべく音が鳴らないよう慎重に玄関を閉めた。そのまま電気もつけず、廊下を進む。リビングから明かりが漏れているので、電気を付けずとも政宗は転ぶこともなかった。
こっそりとリビングの扉を開ければ、キッチンに立って真剣な顔で料理を作っている男がいた。彼がつけているエプロンは、つい先日政宗がプレゼントしたものだ。柄が柄なので政宗の前では絶対につけない。と言っていたのだが、自分がいない時にきちんとつけている当たり、やはり彼は忠義者らしい。
……しかし裸エプロンならもっと良かったんだがな。
そんな事をさらりと思う政宗は変態者であるのだが、残念ながら本人にその自覚は全くない。
一旦リビングの扉を閉めて、部屋の回りをぐるりと巡る。キッチンの後ろに当たる扉を開けれは、大きな背中が見えた。ガタイの割に、右に左にパタパタと動くそれに、抱きつきたくなる衝動を抑えられない。つうか無理。抱きつこう。
思い立ったらすぐ行動の政宗。キッチンに入り、後ろ手で慎重に扉を閉めた。小十郎は料理に集中しているのか、政宗に気付く気配はない。
後ろから抱きついてcuteな声でも出させてやるか。
これが政宗の狙いだった。今までエプロン姿を見ても、パタパタと歩き回るのを見ても、叫び声をあげなかったのは全てこの為である。普段の政宗なら今頃は叫んで抱きついて転がって。大暴れしていたに違いない。ちなみに脳内ではしっかり大暴れ現在進行中だ。
そろり。つま先から床につけて、ゆっくりと小十郎の元へ。残り数十センチになった所で、政宗は大きく両腕を広げた。
「こ」
「っ誰だ!」
……Ha.視界が真っ白だぜ。そう思うと同時に身体が傾いた。重力に従いそのまま、どたんと騒音をたてる。
「ま、政宗様!?」
まさか政宗だとは思ってもいなかったのだろう。驚いた表情の小十郎が、大根を持ったまま政宗に近寄った。殴ったのは、どう見ても彼のそれである。
「申し訳ありません」
「……いや、いい。それより何で殴った?」
「いえ…。何やら後ろから凄く嫌なものが来た気がしまして…」
「Ohー…」
確かに自分にも非はあった。それを分かってるので政宗は何も言えない。後ろから抱きついてやろうとか、cuteな声を出させてやろうとか。まぁ可愛い過ぎる小十郎がいけないんだがな。俺は少ししか悪くねぇ。
結果、どう考えても政宗が悪いのだが、そんな事など知らない小十郎は「政宗様を嫌なものだと感じるなど……!」と呟きシュンと項垂れていた。しかも自分が選んだエプロン付きときたものだ。
これはもう無理。マジ無理。ホント無理。目の前の天使(angel)が可愛い過ぎて。
「……まさかとは思いますが、政宗様。もしや後ろから何か良からぬ事を」
「小十郎っー!!」
「っ!」
つうか、後ろから抱きついてcute な声をださせよう。という目論みが失敗したんだがら、何も我慢する必要なんてねぇだろ。ああ、けっしてバレそうになったからとかじゃねぇからな。そう考えた政宗は、飛び付くように小十郎に抱きついた。突然のことに反応出来ず、そのままキッチンの床に転がる。
「いきなり何をなさるのですか!?」
「お前が悪い。俺は悪くねぇ!」
「質問に答えて下さい……!」
現在、仰向きに倒れている小十郎が右腕で上半身を起こし、左腕で襲ってきている政宗の頭を抑えている体勢だ。ギリギリと押し合いが続く。政宗は本気。小十郎も本気である。
「ヤらせろ! でないと俺が爆発する!」
「仰ってる意味が分かりません」
「そのエプロン似合ってるぜ?」
「なっ……! は、話を反らさないで頂きたい!」
小十郎は自分のエプロン姿を忘れていたらしく、珍しく頬を染めた。いつもより声が大きいのは、誤魔化している証拠だ。
あー、もう。どこまで可愛いんだ、こいつは。
「とにかく夕食の準備がありますので、退いて下さい」
「飯なんていらねぇ。小十郎がいいつーまで離れねぇ」
「政宗様! ご飯はしっかり食べねば駄目です」
「食べて欲しかったらヤらせろ。you see? 」
「何、訳の分からぬ事を仰っているのですか!」
「Ahーn.聞こえねぇなあ?」
小十郎が声を上げたが、政宗は耳を塞いで聞こえてないとアピール。そして目があった小十郎にニヤリと笑ってみせた。
「……分かりました」
「え、」
政宗自身、勿論yesを期待していたのだが、まさかの了承に一瞬動けなかった。その隙にぐいと襟を引っ張られる。暖かい感触が唇に触れた。
「とりあえず今はこれで勘弁して下さい……!」
先程よりも紅く染まった顔が、政宗の視界に入った。「ご飯はしっかり食べねば駄目です…」そう言う小十郎の言葉が右から左に抜けていく。
「政宗様?」
「……OK .ヤるぞ、小十郎」
「なっ、小十郎の話を聞いていなかったのですか!」
「うるせぇ」
煽った、お前が、悪いんじゃねぇか。
無論、小十郎に煽ったという自覚はないのだが、こうなると誰も政宗を止められない。
小十郎の腕を掴んで、床に抑えつける。途端、良いとは言えない目付きで睨まれた。目が合ってニヤリと笑えば、諦めの溜め息と共に身体の力が抜ける。それにもう一度笑ってみせ、今度は政宗からキスをした。
可愛いは忠義
ジュアァ
(な、なんだ?)
(しまった、鍋が!)
ゴンッ
(んがっ!)
(政宗様ァァ!)