短い夢 | ナノ

素直になれない-二人の場合-

夜の闇も深まり、月も高くなってきた。
明日にも講義も控えているので早く寝なければと、読んでいた本を閉じ寝台に潜り込もうとした時だった。
小さく、扉をノックされて驚いて振り返る。

こんな時間に誰だろう。だれかと約束をしたわけでもなく、急を要するような案件も抱えていない。扉の向こうの誰かも、言葉を発することなく無言を貫いていた。
おそるおそる扉へと向かい、「どなたですか?」と声をかけてみるが、やはり返事は返ってこない。開けるか開けまいか一瞬悩むが、このシンドリアの王宮内で危険な事もないだろうと、そっと扉を開けた。
わずかに扉を開けて外を窺おうと顔をのぞかせようしたが、少ししか開かれていない扉を外にいる人物が強引に開く。思わず扉に引きずられるように体制を崩したイオの身体を支えたのは見覚えのある白と紫の衣と、嗅ぎ慣れた香の匂いだった。
自分を訪ねてきたのがシンドバッドだと分かると身体に緊張がはしり反射のように身体を離す。頭が混乱して上手く言葉が紡げずに、茫然と彼の顔を見上げてしまった。
驚いて固まってしまった此方を余所に、シンドバッドはその身体を扉の内側、部屋の中へと入り込むと、後ろ手に扉を閉めた。

「な、なんで・・・シンドバッド様が此処に・・?」

茫然と呟くようなイオの言葉にも、目の前の彼は何も答えず無言で此方を見つめるだけだ。その瞳には言いようのない威圧感があって、自然と身体が強張った。

今日は彼に会いたくなかった。
ヤムライハに後押しされ、ようやく古い想いに区切りをつけて新しい道を歩もうと、そう心に決めたばかりなのに。このまま明日の朝を迎えて、あの青年に返事をして、結婚をすれば自分の人生は平穏な幸せなものになる。それを望んでいたはずなのに、いざ彼の姿をみると湧き上がるのが言いようのない、胸を締め付けられるような思いだった。

「あの、何か用があるのでは・・・?」

いつまでも無言の彼に、ざわざわと心に波風が立つ。いつも通り酔っているのかと思いきや、酒の匂いは一切せず、目付きも普段通りのしっかりとしたものである。いつもと違うシンドバッドの雰囲気に、自然と距離を取るように下がった身体を彼の手が捕まえた。
二の腕のあたりを、強い力で握られてみしりと骨が軋む音が聞こえたきがする。それと同時に伝わった強い痛みに思わず小さな悲鳴を上げた。

「いっ・・たい・・です、離し・・てくださ・・い・・!」

必死で紡いだ言葉を無視してシンドバッドは無言で腕をつかんだまま部屋の奥へと進む。あまりの痛みと、強い力に抵抗も出来ずにそのまま引きずられ、突き飛ばされるように強引に解放された先には、柔らかい寝台があった。離された腕にはまだ鈍い痛みが残っているが、それよりもこの状況に頭がついていかず言葉の一つも紡げない。
混乱と恐怖、それに痛みから若干涙が浮かぶ瞳をシンドバッドに向けると、彼はこちらに覆いかぶさろうとしているところだった。

「いやっ!」

慌てて逃げようと身体捻るが、すぐに捕まえられて強い力で寝台に縫いとめられる。抵抗しようと力を入れるが、ピクリとも動かなかった。気付いた時には、彼の体は完全に自分に覆いかぶさり、片足がさりげなく自分の両足を割っていて。これから何が起こるのかを察してイオは顔から血の気が引くのを感じた。

「お願い・・離し・・て、い、嫌です・・・」

カタカタと震える身体と唇を叱咤して彼に告げるが、彼はやはり表情なく無言で見下ろすだけ。涙でゆがんできた景色にイオはせめて泣くまいと眉根に力を込めた。
ゆっくりと彼が動き、自分の首元に顔をうずめる。首筋にかかる彼の吐息が熱気を孕んでいて、イオの背筋にも恐怖とは違う何かがゾクリと走った。

「婚約をするのか・・・。」

耳に近い位置で発せられた為、くぐもった聞き取り辛い声だったが、確かにシンドバッドの声で。久しぶりに近くで聞いた声に、こんな時であるのに嬉しさで心がじわりと温かくなる。小さくこくりと頷くと、寝台に縫いつけられた手首が一層強い力で握られて、痛みが身体を襲う。

「いっ・・・!」

痛いと続けようとするが、骨が軋むほどに握られた腕に、思わず言葉がつまった。

「駄目だ。許さない。」
シンドバッドの言葉が理解できない。
なぜ彼が否定するのだろう。どうして、無理やり自分を組み敷いているのか。どうして自分を自由にしてくれないのか。
分からない事ばかりで、あまりにも頭が混乱して、せっかく我慢していた涙がぽろりと一筋流れる。一度堰が外れるともう止まらなかった。ボロボロと流れ続ける涙に見慣れた天井がにじむ。

「いや・・・いや・・・離して・・・」

あきらかに泣き声と分かる声で拒絶する言葉を紡げば、ようやくシンドバッドが顔を上げる。その瞳には暗い光が宿っていて、泣きわめく自分を見てほんの少しだけ辛そうに顔をしかめて見せた。

「すまない。だが誰にも渡さない」

そう呟いたと同時に、噛みつくように口づけされる。
見開かれたままの視界に映る、金色の瞳から発せられる圧倒的な力は、初めて出会った時の彼の瞳そのままで。
噛まれるような、まるで此方を喰わんとせんばかりの深い口づけに、身体から力抜ける。
その間もずっと金色の瞳に囚われたままで。
もう自分は逃げられないのだと悟り、静かに身体から力を抜いた。


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -