素直になれない-周りの場合-
「私、婚約しようかと思うの」
夕餉の最中に、恥ずかしそうに、そう笑ったイオに周りの空気が固まる。
誰と?そう頭の中を駆け巡り、思わず聞きそうになったが、まさかシンドバッドの訳がないとヤムライハは言葉をのんだ。
「え?王サマと?」
空気を読まず口に出したのはシャルルカンだった。思わず近くにあった空き瓶で頭を殴ってやろうかと思ったが、それよりもイオの動向の方が気になった。
「え?なんでそこでシンドバッド王が出てくるわけ?」
やはり、彼女は不可解そうに眉をひそめていた。
「なんでって・・・そりゃ・・・」
これ以上、シャルルカンが余計な事を言わないようにと、机の下の脛を蹴って、睨みつける。それをうけて、シャルルカンは気まずそうに持っていた酒をあおった。
この二人は周りから見たら両思いなのに、お互いはそう思っておらずいつもすれ違ってばかりで、いわゆる歯がゆいカップルなのである。
今まで何度もそれとなく、シンドバッドとの仲を近づけようとしたが裏目に出るばかりで上手くいかない。結局このままお互いが気付くまでなにもするまいと、周囲の人間は誓ったのだ。
「そ、それで誰と婚約するっていうの?」
「うん、今ね、結婚を前提に交際を申し込まれてて。」
「文官をしている人なんだけど・・・」と照れくさそうに笑うイオ。
彼女の様子を見る限り、まんざらでもない様子で。微笑む彼女をよそに、周りの人間は青ざめていく一方である。
「とても誠実そうな人だし、すごく優しいの。私ももう大分年をとっているし、それに・・・」
ふと、一瞬寂しそうな、悲しそうな瞳をした後、「いい機会だから」と続けた。もはや、酒の味など一切しない。ヤムライハの心の中はこの場をどうするか、そのことだけで一杯だった。
もしこのことをシンドバッドが知ったら、荒れ狂うだろう。どうなるかなんて、ヤムライハ自身にもわからなかった。ただ、イオの気持ちも女としてわからないでもない。報われない恋に決着をつけ、優しく安定した気持ちを手に入れたいと思うのもよくわかるだけに、頭ごなしに反対もできない。それどころか、女遊びも激しく、酒癖もわるい我が王は結婚をしないと公言している。そんな男の傍で過ごすのであれば、今平穏な暮らしを選択した方がイオの為のような気さえした。
「イオ、がそう思うのであれば、それがいいんじゃないかな・・・・」
「ヤムライハっ、おまっ・・!!」
シャルルカンが驚いたようにこちらに目をむくが、このままイオが辛い思いを引きづって涙にくれる夜があるのであれば、ここでシンドバッドへの気持ちをすっきりと諦めて、次の人へと進むのを応援するのも彼女の友人として間違っていないと思う。
「ありがとう、ヤムライハ」
こちらの思いをすべて見透かしたように、イオが悲しそうに、でもとても綺麗に笑った。
「イオ、それいつ返事するんだ?」
「そうね、いつまでも待たせたら悪いし、明日にでも彼を見つけたら返事をするよ」
「そっ・・・か・・・・」
それきり、口をつぐんだシャルルカンにヤムライハは何かよくないものを感じる。
食事も終わりイオと別れた後、シャルルカンを捕まえる。面倒くさそうに振り向いた彼に何を考えているのかを問う。
「まさか、シン王に教える気じゃ」
「そのつもりだけど・・・」
当然と言わんばかりのシャルルカンに、ヤムライハの頭にも血が上る。思わず声を荒げて反論をする。
「そんなこと!口出しするのは止めようって、決めたじゃない!」
「それは、2人がいつかお互いの気持ちに気づくまでって事が前提だろ。さすがにこれは口出しせずにいられない」
「でもっ!イオの気持ちを考えたらこっちの方がいいのかもしれないわ!」
ヤムライハの言葉に、一瞬シャルルカンも黙る。視線をそらした後、思いのほか強い瞳でこちらを見据える視線とぶつかった。
「お前は女だから、イオの気持ちがわかるかもしれねーけど。俺は男だから、王サマの気持ちもわかるんだ。だから、黙っていられない」
シャルルカンの言葉に何も告げられなくなる。
暗い廊下へと消えている後ろ姿を、何も言えずに見送った。