短い夢 | ナノ

素直になれない-彼の場合-

夢と現(うつつ)の狭間を行ったり来たりしながら、心地よいまどろみに身を任せる。
腕の中に感じる、ふんわりとした柔らかい感触は、女性特有のものでいつまでも抱いていられると思うほど、気持ちいい。そして、鼻孔をくすぐるこの香りは、イオ特有のものだ。懐かしい、愛しい香りにそばにあったであろう身体を力まかせに抱き込んだ。しばらく腕の中で暴れる感触がするが、所詮力のない女性の反抗はなど大した痛みもない。それよりもこの腕のぬくもりが離れてしまうことの方がとても耐えられなくて、シンドバッドは逃がさないと言わんばかりに腕に力を込めた。
やがて、力を抜いてくたりと自分にもたれかかってくる身体からは、余計な力が抜けてさらに柔らかさが増したようなきがする。今まで、星の数ほど女の体を抱きしめてきたが、ここまで自分を夢中にさせるのは彼女だけだった。彼女の甘い髪の香りに包まれて、再び夢の側へと足を踏み入れた。
次にふっと意識を浮上させた時には、先ほどよりもずっと意識がはっきりしていた。薄く眼をあけると、部屋の中がじんわりと明るくなってきており、小さく鳥の音が聞こえる。まだ日は昇っていないが、すぐに空は白んできてまた一日が始まるだろう。その時、腕の中で身をよじるように何かが動く。少し視線を下にやると思った通りに腕の中には、目を閉じるイオの姿があって、口元が緩む。こうやって朝を迎えるのも久々だった。
昨日は珍しくジャーファルの許可がおり、酒を飲むことが出来て、少々飲み過ぎてしまった。確か、シャルルカンが寝室まで送ってくれたのを覚えている。しかし、寝室で横になっても何かが足りず上手く寝付くことが出来なかったのだ。何が足りないのかは嫌でも分かっていた。
イオだ。
彼女が欲しいと、酒でいつもよりもずっと外れやすくなった理性によって、衝動のままイオの部屋へと向かった。一時期、部屋に鍵をつけられた時は、まるで自分が拒まれているような気がして怒りのまま、扉ごと力まかせに壊していたが、最近はそんなこともなく簡単に彼女の部屋へと入ることができる。もちろんイオはぐっすり眠っていて、明りの灯されていない部屋の中は薄暗かったが、彼女の周りだけキラキラと光っているかのように、ちょうど窓から月光がベッドに差し込んでいた。布団から除く首筋が真珠のように輝いていて思わずごくりと喉が鳴る。吸い寄せられるように彼女のそばに近寄ると覗き込むように顔を近づけた。
すやすやと寝息を立てる彼女の唇はうっすらと開かれていて、その顔はとても幸せそうだった。何か、素敵な夢でも見ているのかもしれない。このまま、彼女の唇を割って、自分の舌を絡めて思うがまま彼女の咥内の味わってみたい。そしてそのまま、その身体を組み敷いて、自分の溜まった熱を発散させたい。
耳の奥でドクドクと自分の心臓の音が聞こえる。
段々と距離を縮めて、あと少しで唇が触れる、という時に、イオが不意に寝返りを打った。悩ましげな声を出しながら身をよじると、顔を反対側に向けてしまう。思わず距離をとってしまったシンドバッドは、ほんの数秒前の自分の行動に苦笑を浮かべた。
彼女を無理やり組伏せることはとてもたやすい。それでもそれをしないのは、彼女から向けられる信頼を崩したくないからだ。
彼女と出会ってから、10年近くたつ。出会ったときは、少女だった彼女も今ではすっかり成熟し綺麗な女性へと変わった。奴隷商人につかまりそうになっていた所を助けた縁で、彼女は自分に、そしてこの国に恩を返そうと必死になって働いてくれた。どんな時でも自分の力になるのだと一生懸命なその姿を気づいたら目で追うようになっていて、気づいたら誰にも渡したくないと思うようになった。彼女は、日中は黒秤塔に籠って仕事をしていることが多いので、めったに姿を見ることは無いが、それでも偶に姿を見かけ目が合うと、ふんわりととても嬉しそうに微笑む。そこにあるのは、敬愛とか信頼とかそういった感情で、自分が笑顔の下でどれだけ凶悪な事を考えているかなんて思ってもいないだろう。
もし、力まかせにこの関係を壊してしまったら彼女は、自分を憎むようになるのではないだろうか考えると、とても手を出せなかった。
まだこうして、『酒癖の悪い王様』として彼女に触れ合う位ならば、彼女は困ったように笑うだけで自分を拒絶したりしない。

「イオ、目を覚ますな」

朝特有の掠れた声で呟くと、そっとイオの唇をふさぐ。恐ろしく柔らかい感触にしばらく啄ばむように、口づけを繰り返した。これ以上は、自分の理性が持たないとシンドバッドは彼女の唇を解放する。少し赤く色づいた唇に、口元には自然と笑みが浮かんだ。
まだ、起きるには早い。どうせ、後数時間もたたないうちに、優秀な腹心達が、自分を起こしにここへと踏み込んでくるだろう。それまでは、まだこのまどろみの中にいたかった。
柔らかい身体をもう一度、しっかりと腕の中に抱え込むと、ゆっくりと瞼を下す。

このままこの腕から抜け出さないで欲しい、拒絶されたら壊してしまうかもしれないから。

そして再び、夢の側へと足を踏み入れた。



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