短い夢 | ナノ

獣の家族ふれあい方

ぱたぱたと軽い足音に、イオは手元の刺繍から視線を上げる。可愛らしい花が描かれたハンカチを机に置いて、扉が開くのを待てばほんの数秒後、かちゃりと扉が開き赤い頭がひょっこりと覗いた。

「お母様はココですか〜?」
「えぇ、そうよ。おいで、シエラ」

此方の姿に顔を明るくさせた小さな少女が、はじける様にかけてきて膝に飛び乗る。子供とは思えないほどの跳躍力で飛んだ少女の体を抱き留めて腕の中に閉じ込めるとぎゅっと抱きしめた。

「お帰りなさい。いい子にしていた?」
「うん、ミュロンお姉さまのいうこと、ちゃんときいたよ!」
「ほんとう?」
「本当なのだ。シエラはとってもいい子だったのだ」

新しい声にイオが振り向けば、開かれたままの扉からミュロンが苦笑を浮かべながら此方を見つめていて、イオは娘であるシエラを抱き上げたまま立ち上がって彼女を迎え入れた。

「ミュロン様、シエラのことありがとうございました。すみません、無理を申してしまって」
「いいのだ、他の団員もみんな楽しそうにしていたし!」

「私も楽しかった」と笑うミュロンにイオも同じように笑みを零す。
「お茶の用意が出来ています」と誘えば、彼女も嬉しそうに頷いた。

熱いお湯を、茶器に注いでその上から布巾を被せる。蒸らして、よく香りが立つように時間を置くのだと、早く飲みたいと口を尖らせたシエラに告げれば彼女はぷくっとその丸い頬を膨らませた。

「でも、シエラはのどが渇きました!おなかも空きました!」
「シエラ、レディはそんな事言ってはダメなのだ。出されるのをじっと我慢するのが正しいマナーなのだ」
「むぅ、分かりました」

何故だか、シエラはミュロンにとてもよく懐いている。彼女の言うことはたいてい素直に聞くし、こないだもムーに「ミュロン様のようなレディになりたい!」と胸を張って語っていて彼が苦笑していた。
当のミュロンも、姪であるシエラがちょこちょこと自分の後をついて回って真似をするのはとても可愛らしいようで、よく構ってくれた。
今日とて、ファナリス兵団に遊びに行きたいと我儘をいった彼女を快く連れ出してくれたのだ。

「お腹が空いたのなら、何かお菓子でも作りましょうか。シエラは何が食べたいの?」
「ローストビーフ!」
「・・・それはおやつではなくて、夕飯になってしまうわ。もっと軽いものは?」
「じゃあチキン!」
「・・・そうじゃないの。そうじゃなくて・・・」
「そうなのだ、軽いおやつならミートパイがいいのだ」
「じゃあ、ミートパイがいい!」
「・・・わかったわ。二人でお茶を飲んで待っていてね」

結局、随分と重たいおやつになってしまったが、パイなのであればアップルパイを作ろうと思っていたので生地もあるし、すぐに焼けるだろう。
煮詰めていたリンゴのコンポートではなく、ひき肉や香味野菜を炒めてパイの中に閉じ込めると、温めたオーブンに入れた。

「あぁ、イオ。ここにいたんですね」
「ムー。お帰りなさい」

優しい笑みを浮かべて抱きしめてくるムーにイオも同じように抱きしめ返す。大きな体のムーの背中にしがみつくように手を回して頬を寄せれば、彼が着込んでいる冷たい鎧の感触が肌に触れた。

「甘い匂いと、香ばしい匂いがしていたんですが・・・、シエラのおやつですか?」
「はい。アップルパイの予定だったんですが・・・、ミートパイになりました」

そう苦笑を零せば、ムーの瞳もキラリと嬉しそうに光るのを見てイオは思わず笑いを堪えた。

「俺も、ミートパイの方がいいです」
「分かりました。みんなで食べましょう」

そう告げれば、ムーは嬉々として「手伝います」とイオの隣に立った。

そもそも、貴族の女性はほとんど料理など作らない。使用人が身の回りの世話からすべてを行うのが普通なのだが、イオが娘のためにと少しだけでも手ずからの料理を食べさせてやりたいと、ムーに願ったのだ。

ファナリスの血を引く娘は生まれた時からとても力が強く、赤子であっても癇癪を起すとイオでは手に負えないことが多々あった。そんなときはミュロンであったり、ムーであったりが代わりに面倒を見てくれた。またムーが手配した乳母が世話をよく焼いてくれたので、イオが娘のためにしてあげられることが少なったのだ。だからせめて、多少の食事だけはとムーに頼み込んでこうして厨房に立つことを許してもらった。もちろん、怪我をしないようにと重々と言い含められて。
そうして、簡単な軽食であれば作れるようになったイオが、シエラのおやつリクエストに応えるべく、甘いお菓子を中心に料理人にレシピを習ったのだが、いかんせん肉食に育った娘には物足りないらしく、作るのは肉料理ばかりだ。

「あぁ、美味しそうですね」
「そうですか?ありがとうございます」

褒められると、素直にうれしくてイオが頬を染めて笑いかければムーが体を屈めて耳元に唇を寄せてきた。

「貴女の髪も、肌もとてもいい香りがしていてすごく食欲をそそります。このまま、俺に食べられてくれませんか?」
「・・・っでも、パイを二人が待っていますから・・・」
「仕方ないですね・・・。なら、イオを味わうのはまた後でにします」

甘く笑ったムーにイオが顔を赤くさせて、何度も頷けば、彼は口元に笑みを残したままパイが乗った皿を持ち上げて歩き出した。




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