短い夢 | ナノ

獣の獲物の捕まえかた・前

周りの大人たちの緊張が空気ににじみ出て、ムーは背筋をこれ以上ないほど伸ばす。ギュッと人知れず握りしめた手のひらにはうっすらと汗を掻いていて、まだ剣に慣れていない柔らかい手のひらを湿らせていた。

「貴方が、ムー?・・・・ムー・アレキウス?」
「は、はいっ!はじめまして、シェヘラザードさま・・・」

そんな極度の緊張など全く感じていないかのように目の前の女性は柔らかな表情で微笑みながら、小首を傾げて名前を呼んでくれた。その鈴を転がすような、それでいて耳馴染みのいい声が鼓膜をくすぐって、胸の奥にくすぐったい感情が溢れてきて、ムーは自然と頬を赤くさせた。

「初めまして、ムー。どうぞ宜しくね。」
「はい!」

この人の盾となり剣となる。そう、何度も何度も言い含められてきたムーにとって、彼女の言葉はまるで天からのそれに等しかった。彼女に頼りにされることが誇らしくて、嬉しかった。始めはまるで鳥の雛のように刷り込まれていた想いも、この小さな少女の血の滲むような生き様を見続けてやがて本物の覚悟と想いに昇華していった。何度も体をボロボロにして、苦しみ喘ぎながらもレームの為、そこに暮らす民の為にと身を削り生き続けるシェヘラザードに本心から忠誠を誓ったのと同じころ、もう一人の少女と出会ったのだ。



「ムー、今日は貴方に会わせたい子がいるの」
「シェヘラザード様・・・その子は・・・」

シェヘラザードの小さな体の向こう。彼女よりもさらに小さな幼女がシェヘラザードの服をぎゅっと握ってきょとんと眼を丸くさせて立っていた。零れ落ちそうな程のつぶらな瞳と、蜂蜜色の柔らかく波打つ髪。その容姿は誰がみてもシェヘラザードに瓜二つで、一瞬彼女の分身体なのではとムーは思わずシェヘラザードを見やる。でも彼女はくすくすと嬉しそうな笑みを浮かべながらそっと幼女の手を引いてムーの前へと促した。

「さあ、イオ。ご挨拶はできるかしら」
「はじめまちて、イオともうします」

桃色に色づく頬と、少しだけ恥ずかしそうな声にムーは思わず目を剥く。シェヘラザードと似た顔なのに、シェヘラザードには無い表情を見せるイオにムーは一瞬呆気にとられたあと、一拍遅れて同じく自己紹介をした。イオと名乗った少女は小さく「ムーさま・・・」と名前を確認するように呟いた後、小さく頷くと満面の笑みを浮かべてシェヘラザードを仰ぎ見る。そしてシェヘラザードもまるで母親のような、優しい表情でイオの頭を撫でていた。

「とても良く挨拶が出来ていたわ。偉いわね、イオ」

その言葉に嬉しそうに一度頷いたイオは、これで用事は終わったとばかりにパタパタと小さな手足を動かして、花が咲き誇る庭の方へと走り出した。

「シェヘラザード様・・・あの、彼女は・・・」
「イオは私と少しだけ血がつながっているの。私の姉弟の家系なのよ。本当なら、私とはほとんど関係ない位血は薄いはずなのに、あの子は私の姿を色濃く継いでしまった・・・。それに魔法の素質もあるみたいで、周りも期待を寄せているみたいね・・・」

辛そうに眉を潜めたシェヘラザードに、ムーも押し黙る。彼女の悲痛な視線の先には、明るく笑って花に手を伸ばすイオの姿があって、その希望と生命力に溢れるような笑みは眩しさを感じるほどだった。

「私はあの子に幸せになってほしい。私が歩めなかった道を、イオには歩んでほしいの。普通の女性としての幸せを、平穏な日常を、過ごしてほしいと願っている」

その祈りはきっと叶わない。まだ子供といわれるムーでもその願いがどれだけ難しいかすぐに分かった。ここまでシェヘラザードに似た彼女に、国の上層部の者たちが期待を寄せないわけがない。それこそ、第二のシェヘラザードとして最大限の貢献を望むだろう。国に尽くすことが悪い事だとは思わないが、それがどれだけ過酷な生となるかは目の前の女性が誰よりも知っていた。

「分かりました。僕も、あの子が幸せになれるように心を尽くします。必ず助けになります!」
「・・・ありがとう、ムー。どうかあの子とお友達になってあげて。そして、もし助けを必要とした時に手を伸ばしてあげて・・・」
「はい、任せてください。シェヘラザード様」

シェヘラザードの言葉に否と答えることなどない。イオへ、というよりはシェヘラザードへの忠誠が色濃く残ったその答えに、ほんの少し寂しそうな表情を浮かべながら、レームの稀代の魔法使いは何かを感じるかのように優しく目を細めて頷いていた。




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