短い夢 | ナノ

獣との愛の証

奴隷商人の塒からムーに助けだされた後、イオは大事に大事にムーに抱えられたままアレキウス邸へと連れ帰られた。馬車よりも早いムーの足は、イオがほんの少し意識を微睡ませた間にここ数か月過ごした部屋へと辿り着いていた。

「イオ様、今医者を・・・」
「待って、もう少しだけ傍にいてください・・・」

いつもであれば、ムーの言葉に素直に従うイオが珍しく声を上げたことに、驚いたようにムーが見開いた。

「イオ様、どうされました?」

寝台に寝かされたイオを覗き込むように、ムーが優しく目を細める。その眼の奥に揺らめく感情を以前であれば必死で読み取ろうとしたが、今はもうそれも気にならない。
どんな思いでもあっても、受け止めて、前に進もうという決心は既についている。だから、なにも恐れることはなかった。

「私、ムー様にお話ししたいことがあるんです」
「・・・それは、今でなくてはいけませんか?貴女は怪我をして、衰弱している。今は休養が必要です。」
「今がいいの。今でなくては駄目なんです。ムー様、私・・・」
「やめろっ!」

身体の奥に響くような声で言葉を静止されてイオは、びくりと体を竦ませる。本能が圧倒的強者の怒りを感じて『ニゲロ』と強く告げてくるが、イオはぎゅっと柔らかい布団を握りしめて、その恐怖に耐えた。

「何も話すな・・・、聞きたくない。俺の元から、いなくなろうなんて・・・、そんな事絶対に許さない」

ギラリと、獣ような鋭い目つきでこちらを見つめるムーが、食いしばるように低い声で告げてくる。
その姿は、どこまでも野生の獣じみているのに、誰よりも人間の男の顔だった。
いつもの、優しい貴公子の仮面を脱ぎ捨てた完全なありのままのムーの姿。
初めて見る姿に、イオはどこか感動した気持ちで真っ直ぐに赤く燃える瞳を見つめ返す。
ムーの熱が触れてもいないのに体に伝わる様な気がして、その温もりが泣きたくなるほど嬉しかった。

「ムー様」
「・・・イオ様?」

湧き上がる思いのままに、ふわりと笑いながらムーの頬へ腕を伸ばす。衰弱した体には酷く重たく感じる腕だったが振り絞る様にして、ムーへと指を伸ばした。
驚いたように目を見開くムーを軽く引き寄せて、そっとその唇に己のそれを重ねる。かさついて少し冷たくなった唇に伝わる温かく柔らかい感触に、イオはゆっくりと目を閉じた。

「っ・・・何を!」

慌てたように身を離したムーが、わずかに顔を染めて狼狽える。先ほどから初めて見てばかりいるムーの姿にイオは目じりを緩めた。

「私、ムー様のそばに居たいんです。ずっと、ずっと。・・・この子と一緒に」

ゆっくりと噛みしめるように言葉を紡ぐ。同時に、ムーの手をそっと握って自分のお腹の少し下へと導けば、ぽかんと呆気にとられたようにムーが固まっていた。

「私は弱虫で、逃げてばかりの人間だけど・・・、もう逃げないって約束します。だから傍に・・・きゃっ」

言葉の途中で、ムーに抱きしめられてイオは言葉を途切れさせる。ぎゅっと、強く、でも今までで一番優しく抱きしめられてイオは驚きで身を固めた。

「ムー、さま・・・?」
「本当ですか?もう、違うといっても聞きませんよ」
「ほん、とうです。ずっと、貴方のそばにいたい・・・いいですか?」

その言葉に、返事はなかった。ゆっくりと唇を塞がれて、さっきよりもずっと熱く、蕩けるような口づけが何度も何度も降り注いで、言葉よりも明確にムーの気持ちを伝えてくれた。

「あ・・・でも、まだ子供のことはお医者様に見せて伺っていないので・・・違うかもしれませんが・・・」
「・・・医者を連れてきます。このまま寝ていてください。すぐに戻ってきます」

イオの言葉に、突然背筋を伸ばして慌ただしく部屋を出ていったムーの姿にイオは一瞬目を丸くした後、くすくすと笑いを零す。
柔らかい寝台に包まれて、イオはようやく訪れた安息に沈み込むように意識が溶けていくのが分かった。
もう、指の一本も動かせそうにない。
そう感じるほどの、疲れを感じながらも、ようやく通じ合えた想いを噛みしめながらイオはゆっくりと目を閉じた。



「それで?いつ頃生まれるの?」

嬉しそうに、本当に嬉しそうにはしゃぐシェヘラザードの姿にイオは柔らかい笑みを浮かべながら、「あと3か月ほどです」と微笑んだ。
小さな手がおずおずと大きく膨らんだお腹に伸ばされて、優しく撫でる。確かに伝わる生命の鼓動に感動したように、シェヘラザードの優しい瞳がさらに甘く彩られた。

「素敵ね。生命を育んで、未来をつないでいく・・・。貴女は本当に私の希望だわ」
「そんな・・・」
「いいえ、貴女が生まれてきてくれて、私と出会ってくれて本当によかった。ありがとう、イオ」
「シェヘラザード様・・・」

嬉しそうに目じりに涙をためて、何度も何度も頷くシェヘラザードの姿にイオも何かがこみ上げてぎゅっと唇をかみしめた。
この国の誰よりも尊敬されて、愛された女性。
彼女に姿形が似ていることを何度も恨んで、涙を呑んできた日もあった。

でも、誰よりも敬愛されているけれども、誰よりも孤独な彼女の苦しみが痛いほど伝わってきて、こぼれそうになる涙を必死でこらえた。

「この子とも、会ってあげてください。私の一番尊敬する、大好きな貴女に会わせてあげたいです。」
「・・・えぇ、もちろんよ。」

優しく笑うシェヘラザードにイオも一層笑みを深くしてそっとお腹を撫でた。



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