短い夢 | ナノ


シンドリア王宮でも最も賑わう場所。
皆が食事を取れる食堂のテーブルの上に、いつもの魚の串焼きに混ざって置かれていたそれに、皆一目見ただけで怖々と手を引いていく。食欲旺盛な武官達でさえ手をつけない其れは、寂しそうに湯気を立ち上らせていた。

「えー?なぁに、これー?」
「よぉ、お前もこれから夕飯かよピスティ」
「そ、ちょうど外洋から帰って来たんだけど・・・、どうしたの?なんでみんなご飯食べないのー?」
「いや、なんか変な料理が置かれてて・・・」

皆と同じように、遠巻きに料理を見ていたシャルルカンに不思議そうに尋ねたピスティは、皆が注目する方へとその円らな瞳を向ける。其処にあった赤黒い太い棒の様な料理に「わーお・・・」と小さく呟いてみせた。

「何あれ?・・・食べ物、だよね?」
「あぁ、なんでも新しく入った料理人が作ったらしいぜ。牛の腸に、肉と香草と脂を混ぜた奴を詰めて茹でた物を焼いた料理だってよ・・・」
「あぁ、臓物系かぁ・・・」

シャルルカンの若干引き気味の説明にピスティも納得したように頷いて見せる。
もともと、シンドリアでは魚料理が基本だ。というもの、狭い国土の中で酪農など出来ないから肉というと野生の鳥であるパパゴラス鳥等になってしまう。パパゴラスも凶暴なので滅多に捕まえられるものではないし、他の動物達もシンドリアの街中を愛らしく駆け抜けて、いわば島全体で共存しているようなものなので取って食べようなんて者はそうそういない。輸入品として塩漬け肉などが市場に入ってくることもあるが、あまり馴染みの食べ物故、国民の人気もそれほど高くないのだ。そんなただでさえ食べ慣れない料理なのに、更に好き嫌いが大きくでる臓物を使った食べ物となると皆の手が進まないのも頷ける。山盛りに盛られた料理がこのまま冷めて行くのは忍びないが、ピスティも一口食べる勇気がどうしても湧かなかった。

「どうしたの?みんな固まって」
「食べないの?」
「ヤム!イオも!二人もこれから食事?」

更に盛るかどうか悩んでいた所で背後から掛かった声に、ピスティは輝く様な笑顔で振り返る。そこにいた友人二人の姿ににっこりと破顔すると、全く減るようすの無い料理を指し示して経緯を説明した。

「・・・ってことで、なんかもったいないし食べてあげたいんだけど・・・、ちょっと味も想像つかないし・・・」
「確かに・・・腸詰はねぇ・・・」
「マスルール辺りに持ってって食わせてみるか・・・」

冗談ともつかない発言をしたシャルルカンをたしなめたヤムライハに二人が言い合いを始めそうになった所を遮って、イオはことりと首を傾げた。

「え、ソーセージ・・・だよね?」
「へ?」
「そーせーじ?」
「そう、牛とか豚の腸にお肉をつめて茹でたものでしょ。ソーセージって呼んでたんだけど・・・美味しいのよ?」

その言葉に、ピスティ達も目を丸くして「食べた事あるの?!」と声をあげる。イオは戸惑いながらも頷くと、「前にいた所ではよく食べてたけど・・・」と戸惑ったように声をあげた。
どうやらイオのいた世界ではポピュラーな食べ物らしい『ソーセージ』にがぜん興味が出てきたピスティ達だが、やはり味は不安になってしまう。ちらりとイオを見上げて、「食べてみてくれる?」と頼み込めばイオは笑顔で頷いてくれた。

「もちろんいいわよ。本当に、美味しいのよ?」

そう言って、一番上に乗っていた物を一つとると、差し出された皿に乗せる。席について、一口齧ろうとした所でピスティ達だけでなく食堂中の目が自分に注がれている事に気が付いてイオは恥ずかしくなってかぁっと赤く染めた。

「・・・じゃ、食べるわよ」
「うん!お願い」

ピスティがコクリと頷いたのを見て、イオもパクリと串に刺さったソーセージを口に運ぶ。まだ熱い其れに一瞬眉を顰めるが、構わず歯を立てればパキっと小気味いい皮の破ける音の後口の中に熱い肉汁が広がるのを感じて、懐かしい味に思わず顔が綻んだ。
オリエンスの物よりも一回り大きい其れは、口を大きく開かないと入らない程に太さの上、荒く肉を挽いているのか食べごたえもあってごつごつとした表面をしている。それでも、香り高い香草をふんだんに使って肉の臭みを消しているし、食べ応えのある食感にイオは自然と浮かぶ笑顔のまま、もぐもぐと咀嚼した。

「すっごく美味しい」

口に入っていた物を全て呑み込んで、にっこりと感想を述べればピスティもキラキラとした表情で「私も食べてみる!」と声をあげた。

「みんなの分も取ってきてあげるね!一緒にたべてみよーよ!」
「えぇ、お願いねピスティ。・・・でも、確かにいい匂いね。美味しそう」
「うん、とっても美味しいと思うよ。一つがボリュームあるからそんなに食べられないけど・・・、でもこれなら毎日でも食べたいかも」

そう笑えば、ヤムライハも「そんなに美味しいのね、楽しみだわ」と微笑んだ。



食事を取るために、偶には皆でワイワイと食べるかと、意気揚々と食堂に踏み込んだシンドバッドは周りの異様な空気に「なんだ?」と小さく呟いて首を捻って見せた。食堂にいる者達はみな手を止めて、ある一点に視線を向けている。其処にいたのは、ピスティ達とイオの姿でシンドバッドは更に首を傾げてみせた。一体何が起こっているのかと少し近づいた所で、イオが何かを食べようとしているのが見えて思わず立ち止まる。ピスティ達に確認を取る様に「食べるわよ?」と確認を取るイオの顔は少し赤く色づいていて、何処か艶めいて見える気がした。

「・・・っ」

誰かが息を飲む音が聞こえた気がするが、そんなことに気を取られる余裕もなく目の前の光景に釘づけになる。
イオの手の中に握られていたのは、見たこともない赤黒い太い塊だ。串に刺さったそれはごつごつとした表面が所々焦がしてあって、湯気が上がっている。グロテクスな見た目の其れは、どこか良からぬ想像を掻き立てる様相をしていて、其れを口に運ぼうとしているイオの姿に思わず目が吸い寄せられていた。
太めの其れをぱくりと口を空けて齧りついたイオの表情が一瞬歪められる。寄せられた眉と怯えたように一瞬離された唇の後、パクリと再びその咥内へと招き入れてぐっと歯を立てたのが見えた。その顔は、未だに少し頬を赤く染めていたが嬉しそうな笑みがこぼれていて、いつものイオよりも少し子供っぽく見えた。
食堂の面々の視線を一身に受けたイオは、その後ももぐもぐと口を動かした後、ごくりと全てを飲みこんで、一層鮮やかに笑みを浮かべる。

「・・・すっごく美味しい」

普通に考えて、ただの料理の感想だ。それ以外に、イオは何も意図していないというのは分かっているのに、悲しい男の性なのか一度走り出した妄想は止まることがなかった。頭の中がやましい事で一杯になったシンドバッドの耳に同じ様に一連の流れを見つめていた周りの者達から「・・・言わせてみてぇ」と小さな呟きが漏れたのが聞こえて、思わずギッと鋭い視線を声の方へと向ける。慌てて視線を逸らして俯いた若い文官をイライラと睨みつければ、同じ様にイオを見つめていた他の者たちも慌てて視線を剥がして逃げるように食堂を後にしたり、目の前の料理をかっこみだした。
同じ様に良からぬ想像していた自分の事は棚に上げて、周り牽制するようにじろりと一睨みすると、シンドバッドは未だに美味しそうに料理を口に運ぼうとするイオの元へと向かう。あんな卑猥な食べ物は自分と二人きり以外の所では食べない様に釘を刺さねばと胸に決めながら、シンドバッドは人ごみの向こうから「イオっ」と名前を呼んだ。



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