短い夢 | ナノ

獣と恋の仕方

身体の中も、外も全てが痛くてイオはじわりと目を開けた。
夢の中でも痛みに呻いていたので、ちっとも休まった気がしない。気を失ったのか、昨夜の記憶がぷつりと切り取られていて、イオは見慣れぬ景色に、ほんの少しだけ身体を動かそうと身じろいだ。
とたんに、ズキンっと駆け抜ける痛みに眉を顰める。鈍い痛みではなく、明確な鋭さを持った痛みに眠気に微睡んで(まどろんで)いた頭に冷や水を注がれる様にして意識が覚醒した。何かから逃げるように丸めていた背中を伸ばそうとした時に、背中を優しい温もりがなぞる感覚に肌が粟立つ。ゾクリと背筋に走った悪寒の中に、僅かに気持ちいい思う気持ちが混じって、イオはぐっと目を閉じた。

「・・・・・やめて、触らないで」
「目が覚めましたか?喉が渇いていませんか?」

心配そうに、本当に心配そうな声音で尋ねてくる声にイオは眉を顰める。昨夜散々自分を翻弄し続けた男の声に胃の奥から何かがせり上がってきた。怒りとか、悲しみとか激情に近い感情を押しとどめてぎゅっと唇をかむ。ちりっとした痛みが口元に走るが、身体に感じる熱に比べれば、可愛らしいものだった。

「イオ様、お加減が悪いんですか?」
「なんでも・・・ありません」

返事が無いことに不安になったのか此方に回り込んで顔を覗きこむムーにイオは精一杯眉を顰めて見せる。彼の端正な顔立ちが心配そうに歪められて、その大きな手が労わる様に頭に伸びてきてゆっくりと撫でられた。その手つきはとても優しくて、昨夜の此方の事など何も考え無いかのように暴れまわった人と同一人物とは思えない。けれども、今朝の優しい彼も、昨夜の本能のままに荒らしまわる彼も両方ともがムーの真実だ。

「動けますか?何か飲み物を持ってきますから、身体を起こして・・・」
「・・・動かない。ちっとも身体が動かないの」

先ほどから、起き上がろうと必死に身体に力を入れているのだが痛みに邪魔をされて上手く力が伝わらない。痺れる様な感覚が体中に走って、まるで他人の身体を動かしているかのように手足が言う事を聞かなかった。
動けない。起き上がれないと口にすれば、彼がとても幸せそうに笑う。
「そうですか、それは大変だ」と口では心配してみせるものの、その顔からは愉悦が隠し切れていなかった。目尻を下げて、優しく微笑んだまま彼の手が身体を撫でる。子供にする様に背中を撫でられれば、その優しい手つきがじんわりと身体の強張りを解いてくれる様な気がした。

「ならば、今日は此処で休んでいてください。私も仕事をすぐに終えて貴方の傍に付いていますから」

にっこりと綺麗に笑うムーを睨めつけるが、彼に何か口応えが出来る訳もなく、イオは唸るような声を上げて視線を外し冷たいシーツに額を擦りつける様にして顔を背けた。

「具合が悪いからか、あまり機嫌は良くなさそうですね」

くつくつと笑いながらムーが髪を一房持ち上げて指を絡ませる。柔らかいはちみつ色のウェーブが掛かった髪はムーの大好きなシェヘラザード様そっくりで、緩やかに寝台に散らばっていた。

「痛みが酷いのでしょう?後で薬湯を持ってこさせますから、もう一度眠ったらいかがですか。用意が整ったら、また声をかけますから」
「・・・そうします」

答えるのも億劫なのだが、いつまたムーの琴線に触れてしまうとも限らずにイオは重たい口を開いた。水分の足りない喉は僅かに掠れていて、焼ける様な小さな痛みが走る。普段よりも僅かにしゃがれた声に眉を顰めたムーが、一瞬眉を寄せた後、寝台脇の机に置かれていた水差しを豪快に傾けて、コップを使わずに直接口にした。水を嚥下する喉をじっと見つめてしまう。美味しそうに喉を鳴らす姿に、縋るような視線をムーに投げかければ、彼がにやりと笑って、ずいっとその顔を寄せてきた。そのまま無言で顎を取られると、ムーの唇が重なる。抵抗する気力もなくて、口を開いて受け入れれば彼の熱い舌と共に僅かに冷たい水が喉に流れてきた。すぅっと沁み込むように水が喉を潤して行く感覚にイオは思わず安堵の息を付く。

「んんっ・・・ふぁ・・・」

思わず強請る様に彼の舌に己の物を絡ませれば、ムーが一瞬驚いた様な顔を見せた後、楽しそうに舌を絡めて来た。

「っは・・・、ずいぶんと素直ですね。どうしたんですか?」
「・・・からかわないで・・・下さい。別に、いつもと変わらないです・・・」
「そうですか?いつもは逆毛のたった猫のように警戒しているのに、今日は擦り寄ってきている。何かあったんですか?」

目を細めて、此方を見下ろしながら頭を撫でるムーの手を甘んじて受け入れながら、イオは瞳を閉じた。暗い闇の中では、更にその手は優しく感じられて心地いい。剣を握るために自分とは別の生き物ではなかろうかと思う程に固い手のひらが今は、温かさと共に眠りを誘ってくれた。

「いつも、こうなら・・・。いつも貴方が、寝台の上でこうしていてくれたら、私の心配も減るのですが・・・」

一人ごとの様に繰り返される言葉を、聞き咎める程に意識を保てなくて、闇に引きこまれるかのように意識が浮き沈みを繰り返していた。

「イオ様、愛していますよ。少なくとも、逃げる貴方を傷つけても傍に置きたいと思う位には」

ムーの低い自嘲気味な声に、イオは渾身の力を込めて瞼を押し上げる。薄目から覗いた彼の表情は、ギラギラとした獣の瞳と、やさしい笑顔の紳士な表情が入り混じっていて、泣きながら笑っている様な、矛盾がせめぎ合っていた。


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