短い夢 | ナノ

素直になれない

まだ空は暗く夜明けにまだ遠い時刻のこと。
まどろみの中で、イオは自分がどこにいるのかが分からず、重たい頭を待ちあげてあたりを見渡した。
今日の月は、満月よりも少し細い様子だったが、それでもその光は部屋の中をわずかに照らし、明りを点けずとも闇に慣れた目には明るいくらいだ。
水を飲もうと、身体を起こしかけた時に、腹部にかかる重みに気づく。
身体をひねるように後ろをみると、夜の空の色によく似た髪が目に入る。さらに、よくよく鼻を利かせてみれば、微かに香る酒の匂いに、イオはまたかと息を吐いた。この国の王であるシンドバッドはこうしてよく酒によっては自分のベッドにもぐりこみ、こうして寄り添って寝ている。今はまだ、服を着ているようだったが、段々と寝相の悪さが進むといつの間にか服を脱ぎ捨てて素っ裸になってしまうのである。それで抱き着いてくるものだからたまったものではない。初めて彼と朝を迎えた時は、本当に心臓が止まってしまうかと思ったほど驚いたのである。
もちろんこの状況を歓迎しているわけではないので、何度か自衛のために簡単な鍵をとりつけて就寝したことがあるが、そのたびに鍵は無残にも破壊されたのだ。しかも壊すのは加減のできない酔っ払いなので、その被害は扉にまで及ぶのである。扉の蝶番まで壊れてしまい、扉ごと交換するはめになったことも多々あった。
いまでは、鍵をつけることをやめシンドバッドの思うようにさせている。こうして、夜に忍び込むことは決まって酔った時ばかりなので、最近特に禁酒に目を光らせているジャーファルのおかげで頻度は減ってきているが、それでも月に何度かこうして共に寝ることがあった。
身体をそっと捻って起こさないように、シンドバッドに向き合う。そこにあったのは、僅かばかりに顔が赤くはなっているが、すやすやと穏やかに眠る端正な顔だった。じっと見つめているが起きる気配は全くなく、ぐっすりと寝入っている。その顔からは七海の覇王などと呼ばれている面影はなく、少しのあどけなさがあった。

「シン、あなたは寝ている時にしか、そばに来てくれないね・・・」

女たらしでも有名なシンドバッドはよく酒を飲んでは、いろんな女性に手を出す。やれ、侍女に手を出しただの、よく行く酒場の女性に手を出しただのという噂を聞くが、決して自分に手を出したことがない。いつでも、寝ている間に訪れては、そっと床に入って自分を抱きしめるようにして眠り、朝には眠気眼のまま、ジャーファル達に連れていかれ、昼間は仕事やら何やらで顔を合わせることもあまりなく、夜になってしまうのである。
自分はシンにとって何なのだろうか。
彼に初めて会った時は、まだこの国は生まれたばかりで、力も人材も不足していた時だった。奴隷商人につかまりかけていた所を彼に救われ、数少ない彼の国民として迎え入れられた。その後、この国の役に立ちたくて、武術は全くできなかったが、幼いころトランの民に教わった言葉の知識ならばこの国の役に立てるかもしれないと日々、黒秤塔にて講義を行い、後進の育成やトラン語の研究に勤しんでいる。
シンドバッドとはそれなりに古い仲であるが、彼が自分に手を出したことはただの一度もない。昼間に会えば言葉も交わすし、そこには確かな信頼関係があると思う。しかし、彼が自分と接するときは、常に王と臣下という立場の時のみで、男女のような空気になったことも一度もない。それなのに、こうして時々自分の寝床にもぐりこんでくる。
彼が何を考えているのか、全く分からなかった。彼が気まぐれでこんな風に自分に関わってくるのであれば、止めてほしい。ただの家臣の一人として接してくれれば、自分のシンドバッドへの気持ちにも区切りがつくのに、中途半端に距離を縮めてくるものだから、その度に諦めようと決めていた恋心が軋むように痛むのだ。

「・・・ぅんー、」
「わっ!」

中途半端に起こしていた身体を、寝ぼけたシンに強引に抱き込まれて体制を崩してしまう。彼の胸に抱き抱えられるような形になってしまい、目の前に広がる彼のたくましい胸板に大きく心臓が鳴った。なんとか抜け出そうともがいてみるが、さすがは覇王というべきか力も強くとても抜け出せない。しばらく四苦八苦していたが、どうにもならないことを悟り、イオは身体から力を抜いて、シンドバッドに身体を預けた。

じんわりと伝わる彼の温度に、幸せだと思う反面、ひどく悲しくなってくる。

はやく区切りをつけたいのに。きっぱりとシンドバッドへの気持ちを忘れられたら、次の恋にも進めるかもしれないのに。

「苦しい・・・」

まるで、逃がさないと言わんばかりにぎゅっと抱きしめられた腕に、イオは目じりからポツリ涙をこぼす。それは直ぐに彼の夜着へと染みていき見えなくなると、何事も無かったかのように夜は更けていった。


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