短い夢 | ナノ

すれ違う距離

小さい頃に母に習った事がある、紐を使って様々な形を作り出す手遊びを子供たちに披露しながら、愛しい人たちの帰りを待つ。
霧の団の人たちはみな不思議な武器を持っていてとても強い。今までも国軍を相手に何度も生還してきていたし、むしろこちらが圧倒している程だと聞いていた。
一度ザイナブに頼み込んで、武器を見せてもらった事がある。
黒い金属でできた、不思議な武器。殺傷能力が高いというよりも、この武器は妖しい力を使うのだ。物を溶かしたり、望む夢を見せたりとその力は様々で、この武器を扱うにふさわしい資格があれば誰でも簡単に扱えると、そうザイナブから教えてもらった。そっと、触れた武器からは硬質な金属の感触が伝わってきて、他の剣と同じような感触であるのに、この武器は不思議な力を宿しているのだと思うと少しだけ怖くなって、指先が震えたのを覚えている。

だから、今日もきっと大丈夫。

少しだけ不安に駆られる胸に、イオは一度大きく息を吐いた。

「イオ?どうしたの?」

子供たちの声に、首を振って微笑む。彼らは、スラムのヒーローである霧の団の活躍を信じて疑わない。それが羨ましくなった。
どれだけ大丈夫だと言われても、帰ってくると何回約束をしても、胸の不安は晴れることはない。彼らを愛しいと思う気持ちに比例して不安な気持ちも膨れ上がった。

「わぁ!おかえりなさい!」

入り口の方から、歓声に近い子供の声がしてイオは弾かれたように立ち上がった。周りにいた子供たちと一緒になって、入口まで駆けだす。
扉を抜け、角を曲がったところで見慣れた、愛しい人達の姿を見つけて、ダンっと強く地面を蹴った。

「おかえりなさい、カシム!ザイナブもみんなも、おかえり!」

抱きつくようにして、カシムにしがみ付くと面倒臭そうに息を吐きながら、それでも口元には笑みを浮かべて短い返事を返してくれる。ざっと見たところ、何の怪我も負って居ない彼らにイオは「よかった」と心の中で呟いて、カシムに回した腕の力を少しだけ強めた。


貴族からかっぱらってきた食糧などを全員で分配した後、カシムは自室に戻って行く。そのあとについて、一緒に部屋に潜り込んだイオは、寝台に座って、葉巻を吹かしながら大きく息を吐いたカシムの横の床に座ると、こてんと頭を彼の膝にあずけた。

「逆だろ。なんで俺がお前に膝枕をするんだ」
「だって、カシム煙草吸ってるんだもん。膝が焦げるから、吸いながらは嫌」

柔らかさのかけらもない、堅い筋肉に覆われた膝に少し首が痛くなるが、服越しに伝わるカシムの熱が心の奥にわだかまる不安を溶かして行く。カシムが空いた手で、ゆっくりと頭を撫でてくれて、その感触があまりにも気持ちよくて、涙がこぼれそうになった。

「ねぇ、私にも武器をちょうだい」

ポツリと呟いた言葉に、頭をなでていた手が固まる。「何言ってんだ」とカシムから零れた言葉は驚きとそしてほんの少しの不快な響きが込められていた。
頭を起こして、振り向くと彼の目を見つめる。

「やめとけ。運動神経が切れてんだから、お前。自分と味方を傷つけるだけだと思うぜ」
「カシム達の武器は、不思議な力を使うんでしょ?剣を振り回したりはあまりしないじゃない」
「戦わないわけじゃねぇ。足手まといだ」
「ちゃんと訓練するわ・・・!みんなに認められるまで実戦には出ないから」

独りで待っているのは嫌、少しでも一緒に居たいと必死に訴えるが。カシムは取り合おうとしなかった。

「お前には無理だ」
「やる前からなんでわかるの?!私だって、カシムの力になりたい・・・!」

感情が高ぶって、じわりと浮かんだ涙を必死に押しとどめる。此処で泣いたら、カシムに余計認めてもらえなくなる気がして、ぐっと目に力をこめた。

じっと睨みつけるように、カシムを見つめていると、暫く目をそらしていたカシムが苛立って舌打ちをする。明らかに不機嫌になった彼の態度に、ビクリと一瞬身体が震えた。加えていた煙草を揉み消すと、こちらへと手を伸ばして、ぎゅっと身体を拘束するように抱きしめられた。

「お前にはこのままで居て欲しいんだよ・・・!」

重々しく、呻くように漏れた言葉はカシム本心だろう。
自分を傷つけまいとしていることが分かって、イオも何も言えなくなった。

何も分かってない。
カシムが傷つくなら、自分も傷つきたい。
カシムが汚れるなら、自分も同じところまで堕ちていきたい。
そう願っているのは他でもないイオ自身なのに、カシムはイオの為にと危険なもの、汚れた仕事から遠ざけようとする。

今はまだ手を伸ばせば触れる事ができる距離にいるけれど、いつかカシムに触れられなくなる程離れてしまう気がしてならない。不安で不安でしょうがない気持ちをこめて、イオは力いっぱいカシムを抱きしめ返した。


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