「名前」
「何ーはじめくーん」
あたしは外にいる一くんに返事を返したがその返事は帰ってこない。仕方ないなあ、と苦笑いしながら重たいお腹を上げる。 人の無い、穏やかな暮らしを送るあたし達はあの後、新選組がどうなったのか皆はどうしているのか全く音沙汰が無かった。
「どうしたの?」
今は夏であるが、山奥である此処は丁度ひんやりとしていて気持ちがよい。
「久しぶりに風にあたればどうかと思ってな」
ぎこちなく一くんは微笑みながらあたしを介護して木陰まで連れてくる。ふう、と息を吐いて春になれば花畑になる草地を眺める。光の違いのせいか、陽のあたるところは殆ど白に見えた。
「涼しいねえ」
「ああ」
会話が少ないのは慣れている。一くんはそう言う人だから、何となく気にすることもなく隣りにいるのではないかと思えるこの頃。 暫く全ての音が聞こえなくなった。木々のざわめきも、風の音も、虫や鳥の声も、あたし達の呼吸も。
「一くん」
名前を呼ぶと一くんはこちらをじっと見ていた。同時にまた音を取り戻して動き出した。
「お腹の子、男の子だと思うんだあたし」
「何故そう言い切れる」
何となく。 呟くように口を動かし、お腹を撫でる。それを見て一くんもあたしのお腹の上に手を乗せ、優しく撫でる。
「一くんみたいにしっかりした子になって欲しいなあ」
(ぽつりとつぶやいた言の葉は世界に響いたのだ。)
20101128 本編番外編ともに完結です。寂しいような新しい連載が書けて嬉しいような気持ちです。番外編は最後を覗いてヒロイン以外の視点で書いて行きました。実は子供は兄妹なのですが、続編書きたいなあ。 ここまで読み進んで下さって誠に有難う御座います。今後共、よろしくお願い致します。
外伝 20100703~20101128 ぬい
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