正直、俺は困っていた。
近々家族を置いてきた江戸へと戻る。そこで、娘や妻に何かを送ってやろうと思うのだが生憎こんな俺だ。
全く見当がつかん。
ぐるぐると頭を回しながら廊下を歩いていると上半身のみべたりと倒れている雪村君が見えてきた。
そこではっ、と彼女も女性なのだからと思いつく。



「雪村君、大丈夫かね」

近くまで寄って背中を優しく叩いてやる。するとびくりと震わせた後勢いよく起き上がって焦点の定まらない目で俺を見ていた。
もう一度、大丈夫かと問いかけるとさっ、と正座をしてはいと頭を下げられる。

「いや、そこまで改まらないでくれ」

「いえ、そんな訳には」

「トシに何か言われたのなら俺から話しておこう」

溜息を吐いてそう言えばばっと頭が上がる。そして年相応、幼い笑顔が浮かび上がった。そう言えば娘もこの子と同じ程の年ごろか、と目を細める。

「すまないが、少し付き合ってはくれないか?」

「・・・どちらへ?」

いや、少し町へね。と笑えば彼女の顔が曇る。そこでこの子は外へは出られなかったのだと気が付いた。よしよしと頭を撫でてやってから顔を上げるように言う。

「よし、外出許可は俺が許可しよう!」

「しかし」
「なんだね?俺じゃ頼りないかね、新選組局長であるこの俺が」

「い、いえ。土方さんには・・・?」

「ああ、大丈夫だよ。俺からその旨は伝えておこう。」

そもそも君が外に出たいと言ってることではないのだし、気にする必要はない。さて、行くとするか、と彼女の背をぱん、と一回痛くない程度に叩く。
彼女は少し困った顔をしながら俺の後ろをついてやってきた。





後ろを歩く雪村君をちらりと気づかれないように見る。京の人や町屋を興味関心、と言うように目を爛々とさせていた。
やはりこの子に男所帯である屯所はきついのであろうな、と申し訳ない気持ちになる。隊士にまでさせておいて思うのは些か(いささか)失礼に値にするような気もするが。


「近藤さん。あたしを何故連れて出てきたのですか?」

遠慮するように俺の隣りに並んで見上げているのが分かる。そんなに謙遜しなくてもいい、と言っても聞かないのであろう。

「実は江戸に妻と娘を残していてな。」

今度戻ることになったため、何かやろうと思うのだが
ここまで言うと言葉を切って申し訳ない、と思いながら頭を掻く。すると彼女は意図が分かったのかそうですねえ、と顎に手を添えた。

「やはり、京にしかない物が妥当でしょうか」

「そうなのだが、簪も着物もそう大して江戸と変わらん」

「そうでしょうね、しかし娘であっても贈るのであれば櫛や簪の方がいいのかもしれませんよ」

たとえ持っていたとしても父親から貰うとなれば価値も変わってくるでしょうし。
そう言ってあそこなんてどうでしょう、と店を指さす。

「よし、入ってみようか」


・・・

中に入ると一人の娘が笑顔で迎え入れる。しかし俺達を見て少し考えるような顔をしてからまた笑った。
俺達の関係が分からないのだろう。無理もない。どこから見ても雪村君は年ごろの娘。それなのにも関わらず男装しているのだから。

「どういった赴きで?」

「ああ、娘に贈り物をな」

「できれば京らしい物がいいんですけど」

そう言えば店の娘は困った顔をしてからこれなんてどうでしょう、と艶やかな簪を持ってきた。まだ若いと言うのにしっかりしているようだ。

俺は雪村君を見て任せてもいいか、と言う。彼女は頷いてその簪を見た。

「娘さんのお年はいくつですか?」

「今年十七になる」

目を合わせずずっと簪を見ている雪村君の背に投げかけるとそうですか、と返事が返ってきた。


「すいません、もう少し明るい色はありますか」

「少し蜜柑色になりますが」

そう言って店の娘はすぐにそれを取り出す。
綺麗な蜜柑の色に紅樺色の飾りが施されていた。どうやら始めに持ってきたそれと対に作られたらしい。

そこまで思うと雪村君が漸く振り返って二つを持って口を開いた。

「娘さんにはこちらの方がいいと思うのですが、どうでしょうか」

そう言って蜜柑色の簪を差し出した。

「成程、よし両方とも貰おう」

「え?」

何言ってるんですか、と言うような顔で俺を見る雪村君を余所に二つのそれを渡すと店の娘は笑顔でおおきに、と少しの間奥へ引っ込んだ。

それからすぐに簪を受け取り紅樺色の簪を彼女へ渡す。

「あ、あの近藤さん・・・?」

「付き合ってくれた礼だ。良ければ受け取ってくれ」

君が気に入ってそうだったんでな、と笑うと彼女は簪を受け取って今まで見たこと無いぐらいの笑顔を向けてくれた。

「ありがとうございます!」



(娘みたいだ、などと思っても構わないのだろうか)

20100914//近藤




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