「・・・どうしたんですか」
男の声とは明らかに違う声が聞こえて振り返る。相手は見なくても分かる。雪村名前、左之さんや新八っつぁんはこいつを気に入ってる。確かに傍から見ても人の良さそうな顔してるし。
俺はじっ、と上を見上げてあれ、と指をさした。すると驚いたような顔をして俺を見ている。
「よくあんなところに引っかかっちゃいましたね」
じっとそれを見て彼女も目を細めた。
「風が急に強くなっちまったんだ」
そう言って木の上を見る。うまいこと塀の外側になった木の微妙な高さに引っかかった額あては木に登ってもその場で飛んでも届かない。もしかしたら総司や新八っつぁんならって、思ったけどあの二人にこのことを言えば馬鹿にされてるのは目に見えている。
そこで、ぴんと思いつく。こいつ確か身体能力がいいって山南さんが言ってたよな?あいつらをも飛び越えたって。俺と比べてもあまり変わらないその背丈で届くのか、と言う興味で口が開く。
「あんたなら届くんじゃないかな」
「・・・え、あれに?」
無理でしょ、と顔を引き攣らせながら俺を見る。それでも背を押すと仕方なくと言って俺から距離を取った。
「何してんの?」
「助走・・・」
足踏みをして屈伸をする。やけに念入りにするんだな、と思っているとすぐに走ってきた。そして、腕を思いっきり下から上へ空をかいて手を伸ばす。
ぎりぎり届かない、と言うところでブン、と勢いよく腕をそのまま回す。枝を叩くとそれは落ちてきた。
「すいません、届きそうになかったんで叩かせてもらいました」
どうぞ、と額あてを手に取りそれを俺に渡す。
「お前すげーじゃん!」
「・・・ありがとう」
照れたように頭を掻いて下を向いた相手を気にせず目を輝かせる。こいつ、本当に・・・
「藤堂さん、もう行ってもいいですか?」
「ごめんな! これホントありがとなー!」
家事もしているらしく袖を絞りなおしながら走って行く。
「おーい名前!」
小さくなっていっている背に声をかけるとピタリと止まり振り返ったのが見えた。うっすらしか見えないがどうやら吃驚してるみたいだ。
「平助でいいよ、歳もそう変わんないだろうしさ!」
そう叫べば数秒間時差が生まれてすぐに俺を呼ぶ声が聞こえた。俺は笑って手を振るとそれを返してくれた。 みんなが可愛がるわけだ。
・・・
名前と知り合いに程度になってからよく話をするようになった。三番組に組しているからそんなに暇じゃないし、俺も組長だから時間は短いけど仲良くなったって実感できる。話しているうちに気付いたんだけど、あいつは馬鹿だ。しかもからかいがいのある性格し絶対問い詰められると嘘をつけないに決まってる。
そんな奴がここへ来たとき、未来から来たと言うんだったら本当かもしれない、と最近思う。部屋に篭る時間は未だに多いけど。
「お前、女の癖に新選組に入って何がしたいんだ?」
「まず男のみの屯所にいると犯されちゃうよ?」
不意に、耳にそんな音が聞こえてくる。絶対名前に違いないと確信した俺は走って行く。
「大丈「五月蠅いなー、何?幹部の人たちと仲がいいから気に食わないの?」
助けに入ろうとしたがそれは必要ないみたいだ。名前は端に追い詰められてさっきの言葉通り犯されそうなのにも関わらず隊士数名に睨みきかせている。
「はぁ?何言ってやがんだ」
「ならあたしが急に強くなったから?僻んで(ひがんで)るの ?」
「テメェ!」
「そもそもこれが名高い新選組のすること?情けない。女であろうと志高く持ってるからここにいるんでしょ」
「ふざけやがって、どうなっても知らねぇぞ!」
勢いよく掛衿を掴みあげて今にも切り倒しそうな勢いだった。さすがにこれは不味いんじゃないか、と足を一歩踏み入るが瞬間名前は衿を掴みあげていた隊士を投げ飛ばす。それを見た他の隊士たちもすぐに刀に手を伸ばすがそんな暇もなく数秒後にはみんな鳩尾(みぞおち)を押さえて倒れていた。
ぽかん、と口を開けていると帰ろうとした名前と鉢合わせしてしまう。暫くじっとお互いに目を合わせて黙っていたが彼女の方から口を開いた。
「平助の組の隊士だった、ごめんね」
申し訳なさそうに眉を寄せて笑う。見ていたとこんな人の少ない場所で会ったから分かったんだろう、それ以上はなにも言わなかった。
「大丈夫だった?」
「ん? 大丈夫ですよ、この通り」
手をあげてみせてからさっさと歩いて行ってしまった。さっき笑っていたのに泣いているように見えたのは気のせいじゃないと思うのは俺だけなのか。 そう問いかけたところで俺しか先程の笑顔を見たのはいないのだから返事出来る者はなかった。
(さてと、こいつらはどうするか)
20100811//藤堂
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