つい先日おかしな女が新八に弟子入りしたと耳にした。しかし、今俺が目にしているのはとてもそれを信じられる光景ではなかった。
「ありがとう・・・御座いました!」
「・・・・」
面白くなさそうな顔をした総司が稽古場を出ていく。女は息を切らしながら汗を拭って外へ駆けて行った。また、新八のところにでも行くのだろうと勝手にこじつけてから何も無かったかのように中へ入る。
総司は本気で女を殺そうとしていた。 しかし、たった二月三月程剣術を齧った(かじった)程度の者にそう出来なかった。
…
「失礼します。副長より預かった文をお届けに参りました」
「了解した、そこに置いて下がってくれ」
「はい」
その日の夕方。女はさっと頭を下げて部屋を出て行った。普段土方さん、と呼んでいるのに俺の前ではわざわざ副長と言い換える。馬鹿なのかと思えば人に気を使える人間なのだと顕著に感じられる。
いや、そんなことはどうでもいい。と自分に言い聞かせるが、どうでもいいと自分に言い聞かせなければならぬ程気にかけているのは何故か・・・。 俺には分からなかった。
「師匠! もう少しお願いします」
「だぁあ!うるせぇぞ名前、飯ぐらい食わせろよ!」
「まだまだ大丈夫ですって、師匠のその身体なら」
「そ、そうか?」
「そうそうそう! だから」 「でも飯ぐらい食わせてくんねぇかな」
「ちょっとぐらい減ってもいいじゃないですか。あたしのちょっとだけ分けますからー」
「おめぇも大食いだろ」
俺の部屋を騒がしく通る二人に思わず溜息が漏れた。新八は彼女を気に入ってる。そして彼女も彼を信頼し師としている。
ただそれだけのことなのに、何故この胸の底から苛々とするのか。分からぬことが分からなくまた苛々する。
俺は一人肩を落として蝋の火を消して広間へ足を進めた。もうすぐ夕餉の刻だ。
・・・
「お願いします!」
ぎり、と対峙している相手の歯を食いしばる音が聞こえる。女、雪村名前は傷だらけの頬も気にせずに俺に稽古を申し込んできた。
雪村が前のめりになったのを感じ、一直線に木刀を振るう。すると痛いと悲鳴を上げてからすぐに礼をしてどこか、いや師である新八のところへ向かう。 そしてまた俺に挑戦を申し込む、と言う繰り返しがここ数日続いている。
「ほんと、斎藤さんは強いなぁ・・・」
ふう、と汗を拭いながら隣りで壁にもたれ掛かってる彼女を横目に休憩を取っていた。負けておきながらいつも嬉しそうにしているのはいただかない。
「いつものように新八の元へは行かんのか」
「今、巡察らしいんで。」
左之さんは手加減してくれますからね。 と困ったように笑いながら腕を頭上にあげ伸び上がる。それで俺や新八にこだわるのか、と納得すると同時に隣りの目が輝くのを感じた。ふと戸口へと視線を向けると副長が入ってきている。
「よし、土方さ・・・・」
勢いよく木刀を手に駆けだす雪村の腕を掴む。言葉を詰まらせて彼女は俺を見ていた。
何故、俺は彼女を行かせたくないのか。
一瞬眉に皺を寄せてからすぐに掴んでいた腕を離す。雪村はじっと俺を見た後副長へと足を進ませていった。掴んでいた手のひらを見つめ、もしかしてこれが人に好意を寄せると言うことなのか。暫くそうして時を過ごしていた。
…
「ありがとうございました!」
今日も同じように俺の元へやってきて傷を作り師の所へ向かう。俺に稽古を申し込む理由が分からなかった。新八に言えばいいものを。
「あんたは、何故毎回俺の元へ来る」
え?と瞬きした後、雪村は笑った。
「斎藤さんに憧れてるんだ」
だから、手合せしてもらうだけで嬉しいんです。勝てなかったら悔しいんですけど。 ・・・毎回こてんぱんに負けてるけどね。
そう言い今度は本当に師の元へ行ってしまった。 現在一人前の隊士になったと俺たち幹部が雪村を認めどこの組に配するのか討論となっている。一番組、二番組、十番組がそれぞれに推薦している。そして俺の組である三番組も。 まず、総司の一番組に属することはない。殺し兼ねんからだ。となると残り三組どこへ行くのか。
幹部の悩みも知らずに当の彼女は今日も稽古に勤しんでいた。
「彼女は俺に憧れを抱いている」 「いやでもな、お前ちゃんと見れるのか?仮にも女だぞ」 「左之の言う通りだ、俺と同じ組の方がいいだろ」 「ばーか、新八の組を推してるんじゃないっての」 「だから僕に任せてくださいよ」
「「「総司は駄目だ!」」」 「え・・?」
(どうしようもなく胸がざわつく)
20100811//斎藤
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