あの訳の分からねぇ女がここに身を置くことになって二日経った。そして今さっきその女は隊士になることにみんなの総意で決まった。だがはっきり言っちゃあなんだが、俺としては女を戦場に出すのはお門違いだと思う。
それにこいつだって女として普通に生きてぇだろ?


「すいません」

幹部の連中が広間を出て行った頃、目の前にその女が俺の前にピンと背筋を伸ばして正座した。俺は見定めするような目でそいつを見る。

「私に剣術を教えてください!」


・・・何を言い出すのかと思いきや女は深々と頭を下げて何度も剣術を教えてくれとせがむ。しまいには俺も苛立ちが募っちまって鋭い声を出す。

「そんなに言うんなら瓦二三枚割ってみろよ」

それぐらいの力がなかったらまず隊士にすらなれねぇぞ。そう言い残して部屋を出ていく。
そう言えばきっと諦めてこんなむさ苦しいところではあるが、ここで家事でもしてるだろうと思ったからだ。


「瓦、三枚割れば弟子に、剣術をあたしに教えてくれるんですね」


ぴたりと進む足が止まる。そして部屋を出る手前で振り返る。
そいつはぴんと背筋を伸ばして俺を睨みつけていた。がしがしと頭を掻く。こりゃ、言っても無駄だ。


こんな、覚悟の決まった目してんだからよ。


「まぁ、そういうことでいいんじゃねぇのか?」



瞬間女の顔は嬉しそうな表情へと変わり、走って部屋を出ていく。変な奴だと思った。


・・・

あいつが俺に頼みに来てもう一週間が経つ。しかし一向に瓦が割れたと言う報告も何もない。そんな状態だから俺はてっきりもう諦めてるんだろうと思っていた。


「あぁ、名前だったら飯作ってる間以外は見ないな」

左之は知っているような口でそう言って笑う。

「随分と親身になってるみてぇだな、左之」

「そりゃあ・・・な・・・」

なんだよ、その歯切れの悪い言葉は。そんな顔で戦友を見ると巡察行ってくる、とそいつは背を向けた。
訳分かんねぇ、とぶつぶつと呟きながら稽古場へと歩いていると不意に叫び声が聞こえてくる。・・・悲鳴の叫び声じゃなくて気合を入れるような。

何やってんだ、と溜息を付きながら角を曲がる。そこには例の女が居てはぁはぁと息を切らしている。


「? 何やってんだ?」

顔を顰めながら角に隠れて見る。
女は傾いていた体を起こして後ろに数歩下がる。そしてぴょんぴょんと小さく飛ぶ。


「はぁっ!」

声と共にまた腰を折る。その瞬間、がしゃんと短い音が響いた。ぽたぽたと女からは汗が滴っていたがそれにも構わず何かぶつぶつとうわ言のように言って手を手拭いで包む。
手拭いは真っ赤に染まっていて練習の回数を知らせていた。またぶつぶつと何か言って小刻みに飛ぶ。

「お、おい待てよ!」

それ以上やればお前がぶっ壊れんぞ、そう言ってそいつの傍まで走って手を掴む。小指の横から縦にかけて血豆のようなようなものと潰れたのかその血と切り傷からの血が続いていて手を伝って俺の腕で血が落ちる。

「あ、こんにちは。まだ、二枚しかいっぺんに割れないんですよ。もう少し待って下さい」

ふらふらとどこか危なっかしい様子でそう言って手を払おうとするがそうはさせない。

「もういいって言ってんだろ」

「ダメだって」

「お前の手が潰れんぞ」

「大丈夫、これだけがあたしの取り柄なの!」

「名前、やめやがれ!」

女の頭の上から大声でそう叫んでやると、ぴたりと抵抗が止まった。そして驚いたように目を見開いて俺の顔を見上げる。



「なまえ・・・」

「はぁ? 弟子の名前ぐらい呼ぶだろ?」

何言ってんだよ、と疑うように見るが名前は嬉しそうに笑った。



(こいつの根性は一級品だと思った)

20100703//永倉




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