「さん・・・名前さん・・・!」

そろそろ朝日が顔を出すような時間に揺すられて目を覚ました。そこには慌てた様子の千鶴ちゃんと島田さん、そして刃の交わるような音が聞こえてくる。

「鬼が襲撃を仕掛けてきました」

ああ、そうなんだ。と他人行儀なことを思いながら彼女を見る。千鶴ちゃんが大人しくここでじっとしていくのか、出ていくのか。あたしが動くのは彼女次第だ。

「島田さん、私も行きます」

ああ、やっぱり。胸の内でそう思いながら長襦袢を来て刀を持つ。それと同時に島田さんは部屋を出ていく。

「こっちで・・ぐおっ!」

前を行く島田さんが振り返った瞬間彼は吹き飛ばされ、柱に叩きつけられた。あたしはじっと前を見て構える。

「し、島田さんっ!?」

千鶴ちゃんは彼に駆け寄っていると音だけで判断する。前から目を離さない。絶対風間と確信できるからだ。
そして姿が一瞬闇の中から浮かび上がり、彼女へと近づく。

がん、と妙に音が響いた。
あたしの腕は彼を捕まえていて風間と千鶴ちゃんの間にあたしがいる。
二人は目を見開いてどちらもあたしを見ていた。その隙に千鶴ちゃんの背を押して風間から遠ざける。


「貴様、俺の邪魔をすると言うのか?」

鋭い赤い目があたしを捉えていた。あたしも負けじと彼を睨み見る。

「あたしは彼女を、守りたい」

そう言って刀を鞘から引き抜く。羅刹が部屋へ来たとき、役に立たなかった。もうあんなことにはしない。すると可笑しそうに笑い声をあげて彼も刀を抜いた。

「女鬼であるお前が俺に勝てる筈もない」

「だろうね・・・!」

きん、と刃が交わって金属音が響く。序盤、互角に見えた。しかしどんどんと力負けしてきて不利へと変わっていく。ふと風間は口を開いた。

「あの女は相応しい者に利用されてこそ真価を発揮するのだ」

「女は利用されるために生まれて来たんじゃない!」

深く切り込む。それを鬼は易々と受け止め弾く。ぎり、と歯を食いしばって音が鳴った。悔しい。女であることで利用されて死んでいくと思うことが。

「好いた男と添い遂げたいに決まってる!」

ぶん、と横に刀を振るが空を切った。あざ笑うようなその笑みに一層怒りが増す。見下すあの笑いが気に食わない。腹が立つ。

「ああ、そう言えばお前も好いた男がいるらしいな」

あの男は何処へ行ったのだ?見当たらないが。
そう言った瞬間何かがプツリと切れた気がする。もう周りなんて見えなかった。

「振られたか?鬼であるがために」

「そんなんじゃない!」

ぶん、とまた刀を振る。反動と共に髪が視界に映った。金。ああ、鬼になってるんだ。
それでも知ったこっちゃない。今、あたしの頭には彼女を守ると言うよりも、一くんを否定されたことに腹を立てていることの方が大きかった。

「最後には人間に裏切られるだけだ。それならば」

人間に関わらぬ方がよかろう。そう言って鬼はあたしの顔を見てにやりと笑った。そして彼女へと目を向ける。その瞬間あたしは千鶴ちゃんの元へと足を動かした。



「名前さん!!」


がはっ、と血を吐いた。不思議と痛みは感じない。
右手は風間の首に刀を添え、左手は突き刺さった相手の刀を握り締める。あたしはただ目の前の男しか見てなかった。

「何で、あなたの方が吃驚してる・・・の?」

がはっ、と二度目の血を吐いた。首に添えてあった刀と共に右腕も下がる。身体を支えるのももう、出来そうにない。
悔いはない。彼女を守れたのなら。
でも、それでも最後に浮かぶのは一くんだけだった。

会いたいと願ってしまう。

土方さんや千鶴ちゃんの悲鳴を耳に目を閉じた。


・・・

「くっ・・ぅう・・」

ちょ、誰だよ。揺らしてるの・・・・!痛いな、となんだか腹が立ってきて目を開ける。

「か、かざまぁ?」

何であなたがあたしを担いでるの、と眉を寄せる。その瞬間彼はニヒルな笑みを溢してから正面を見た。誰かいるの、と思いながらあたしもそちらへ視線を向ける。

「は、はじめ・・・くん?」

先程からそうだが、腹を刺されているからかよくは分からないけれど声が弱々しい。きっと鬼でなければ迷わずに死んでいただろう。未だにぼやけた視界で一くんを見る。

「こんなところで会うとは意外だな」

彼はあたしの傷を見てか、それとも風間に連れられているからか目を見開いてあたしを見ていた。
あたしは一くんに会いたかった。

「邪魔だ、退け」

苛々とした感情が声色から読み取れた。しかし、今のあたしにはどうでもいい。出来ることなら彼に、一くんに抱き着きたい程なのだ。絶対無理なのだが。

ああ、こんなことなら千鶴ちゃんの代わりに嫁になってあげるとか言わなければよかった。というか、口走ってたよあたし。だって彼女を物扱いするから頭に血が上っててつい・・・

はあ、と溜息が付きたくなった。脳がこれだけ動いているということは大分傷が癒えてきているのだろうか。それとも鬼だとそうなのか。

「そういう訳にも行かない。どう考えてもあんたが勝手にそれを連れてきたのだろう」

ならば、黙っておけない。と風間を睨み付けていた。あたしのことを心配したのではないのは何となく分かる。どうせ、新選組か副長のためだとか何とか言うんだろう。随分前に一くんのことを猫みたいと思ったけれど、根っからの犬だよ。それも主人に従う忠実な犬。
やっぱりあたしのことなんて眼中に無いかぁ。御陵衛士なのに新選組のあたしの前にいたから助けに来てくれたのかと期待したあたしが馬鹿だった。一応助けに来てくれているけどね。

「この女は俺の物になったのだぞ、貴様にどうこう言われる筋合いはない」

「何だと」

ばちりと目が合う。風間の話なんて聞いてなかったあたしはただ力なく微笑んで彼を見ていた。例え彼があたしを見てなくてもあたしの脳内は一くん一色なんだ。

ああ、なんだか、眠たいなぁ。
寝たくないのに。

ぶらんと重力に任せて垂れていた手をゆっくり彼へ伸ばす。まるで何度も見た夢みたいだ。

「はじめ、くん」


ぷつん、と糸の切れるような感覚でまたあたしの気が途切れた。



20100823//目に映るのは君ばかりだ




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