「ありがとう御座います!」
ほら、お前さんも。無事、出産を無事成功させ家まで送り届けたところ、母親は本当に嬉しそうに生まれた赤子の手を振って見せた。ああ、親子愛っていいな。 あたしはにこり、と笑顔を向けてそれじゃあと踵を返した。
…
のったらのったら、頭の後ろで腕を組ながら江戸の大通りを歩いていた。風間があたしのところに来た日、一くんにあたしの正体を言った日。あの日から暫く土方さんと一くんにまた屯所から出してくれなかった。 多分、土方さんも薄々あたしの身体の異常には気付いていたみたいで、二人も過保護になってしまった。
もう何日も経つのに彼の問いかけにはまだ答えていないことに少しの焦りを感じていた。 きっと一くんは焦らなくていい、って言ってくれるんだろうけどこればっかりはちゃんと答えを出さなければ・・・。 いや、答えは決まってる。ここにいたい。もうこの世界でしか生きていくしかなくなったあたしには新選組にしか居れる場所が無い。だけど、あたしがいることによって彼らに危険が伴うのならば、あたしは迷わず一人で生きて行くことを選びたい。
虚ろな目で空を見ていると、不意に雨粒が頭に振ってくる。それでも構わずに歩いていると雨脚が強くなってきていよいよ本降りになってきた。 さっきまで人で溢れていたこの大通りも今じゃ人の陰も薄い。あたしはそれでも調子を崩さずに歩き続けた。
・・・
「ただいまー」
屯所に着くと一番に千鶴ちゃんが出迎えをしてくれて自然と穏やかになる。いいなぁ、女の子って。まぁ、あたしも列記とした女の子だけど。
「名前さん!?びちょびちょじゃないですか・・・!」
粗方あたしが濡れて帰ってくることを予想していたらしい彼女は手に手拭いを持っていたが、着物を絞れば水が出てくるぐらい濡れているあたしを見て目を丸くさせていた。そんな姿も本当に可愛い、妹になってくれないかな・・・。
「もう!どうして走ってくるなり、雨宿りするなりしなかったんですか・・・!」
「ごめんごめん、ちょっと考え事してて」
がっしがっし、とあたしの頭を拭いて彼女は頬を膨らませる。あたしは千鶴ちゃんの頭を撫でた後、自分の部屋へ向かった。
…
「はー・・・なんか疲れたー」
べちゃ、と部屋に入って飛び込むように畳の上にうつ伏せになる。もしかして、あたしももう歳かな?でもあたしまだ二十歳越してないしね?歳ってほどの歳じゃないよね。 そのまま考えているのだが、だんだんと思考が停止してきて瞼が落ちてくる。何でこんなに眠いんだろう、と疑問に思いながらもこの睡魔に対抗することもせず素直に眠りに落ちた。
「ん、」
目を覚ませば周りは随分暗くなっていて、はっとする。ご飯・・・! 急いで立ち上がると微妙に湿っている着物が身体に纏わり着く。うわ、気持ち悪い!と奇声を発しながら畳を見ると人型に濡れていた。
「うわー、名前濡れたまま寝たの?」
「そ、総司くん!」
ちょっと、勝手に入って来ないでよ!と急にやってきた総司くんに騒いだ後ご飯作らなきゃ―!と走って行こうとするところを襟を掴まれて首が締まった。
「ぐえっ!」
「馬鹿だなぁ、こんな時間まで誰も起こしに来ないってことは誰かが作ってくれてるに決まってるでしょ」
「・・・・・首・・しま・・・る」
「でも、名前はその馬鹿さを売りにしてるから仕方ないんだっけ?」
「む・・・り・・はな・・・して」
「え?何? 僕の話しは無視なの?」
「はなぜー!」
目に生理的な涙を浮かべながら懇願すると、彼はケラケラ笑いながら掴んでいた手を放した。あたしは蹲りながらぜーぜー、と肺に酸素を取り入れた。後、喉が痛い。
「何してくれんのさ!」
きっ、と睨んでいると不意に体がひっくり返る。え、なになになにー!!! 目の前には総司くんのあの不敵な笑顔が見えた。ヤバイ・・・あたしは本能でそう感じた。
「名前さ、もうちょっと自覚した方がいいんじゃないかな?」
「な、なにがですか」
「涙目で睨み付けるなんて、僕を誘ってるとしか考えられないよ」
「滅相もない!」
「しかも、僕のこと避けてたでしょ」
は?と口をぽかんと開けていると彼は愛おしそうに目を細めてあたしの唇を手でなぞる。その行為にあたしは驚きを隠せなかった。
「・・・でも、総司くんあたしのこと、嫌いでしょ・・・?」
いつもは一度頭の中で言葉を検討してから口に出すのに、そんなこと忘れて思ったことを呟いていた。それぐらいあたしにとっては彼がそういう事をしたのが驚きだった。
「避けられるのは嫌だね」
「そうなの?」
へー、と妙に納得しながら総司くんの性質を一つ分かった。
「でも総司くんには千鶴ちゃんがいるじゃん」
別にあたしと話さなくてもいいんじゃないかな、そんな意味も込めて言うと彼は目を真ん丸にさせてあたしを見ていた。この人も猫っぽいよね。一くんもだけど。
「何をしている総司」
総司くんが口を開こうとした瞬間、丁度思っていた一くんの声が響いた。一くんの顔を見ると目を見開いていてそう言えばあたし達、そういう体制だったんだ・・・!と思い出す。あたしはわたわたと焦りながら総司くんを自分の上から退かせて違うよ、と誤解を解きに行く。
「う、うわっ!」
行こうとしたんだけど、総司くんに手を掴まれて身体が傾く。そしてそのまま彼の中にすっぽりと収まった。
「な、ななな」
なんてことを・・・・! 青い顔をしながら目を泳がせる。嫌だ、一くんにだけは誤解させたくないよ。一くんとのこういう関係を誤解させるならまだしも!
「総司、名前を離してやれ」
嫌がっている。 彼の心地いい声が聞こえて少し落ち着いてくる。大好きな声だなぁ。
「そんなこと言って羨ましいだけでしょ」
「そんなことはない」
「嘘が下手だよ、顔が赤い」
「・・・そんなことは、ない」
一くんを見ると本当に顔が少し赤くなっている。うわ、一くん可愛い!笑ってしまいそうになるのを何とか抑えながらじっと彼を見ていた。
そして最後に一くんが強制的に総司くんとあたしを引き離したのはほんの数分後のことだった。
20100722//君に首ったけ!
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