あたしは疲れた体を休めるために外に出た。名目上は買い物と言うことにして。 ま、隣りには千鶴ちゃんもいるし何だっけ、おっちゃん探ししないとね。
「で、お父さんの居場所の手がかりでも見つかった?」
重い荷物を手に二人肩を並べて歩いていた。昼は一くんに焼き魚を取られてしまったため今は空きっ腹状態だ。帰ったらすぐにまた夕ご飯の支度を始めなきゃいけないと思うと急に肩が重くなる。
「・・・いいえ、父様の手がかりは一向に・・・」
千鶴ちゃんは言葉を濁して小さな声でそう言って下を向いた。あたしはしまった、と目を伏せてから彼女の背中をポンポンと叩く。口にはしない。ただ、大丈夫だよ、と言う意味を込めた。
「ありがとうございます。」
今にも涙が零れてしまいそうな瞳をあたしに向けながら千鶴ちゃんは笑顔を作った。あたしもそれに答えるように小さく微笑む。 そのまま、無言のまま二人屯所へと足を進めていると不意に人が蹲っているのが目に入った。 横目で隣りを見る。彼女はまだ気が付いていないみたいだ。千鶴ちゃんが見たらきっと何も確かめずに駆け寄るだろう。ただの民ならいい。だが新選組は恨みをたくさん買ってる。奴らはどんな手を使ってくるかわからない。 だから彼女よりも早くにあれがどうなのかを確かめなければ。
ぐっと掌を握りしめて目を凝らす。周りにいる人達を見る限り安心できる人物だろう。あたしはほっと息を吐いた瞬間、隣りを歩いていた千鶴ちゃんが一気に人に寄って行く。あたしもそれに続いた。
「大丈夫ですか!?」
! 一瞬目を見開く。・・・妊婦だ。それも陣痛を起こしていると窺える。 あたしは急いで同じぐらいの歳と見える妊婦の傍に駆け寄る。そしてそっとお腹に触れる。相当大きい。 こりゃあ、出産間近なんじゃないの・・・!
「千鶴ちゃん! 屯所から人を呼んできて!」
「え・・・はい!」
荷物を抱えながら急いで彼女は駆けていく。あたしは大丈夫ですか?と汗を噴いている妊婦に呼びかける。顔を歪めながらうんうん、と必死に縦に首を振って示した。こうなったら屯所で生ませるしかないだろう。
「名前さん!」
「ありがとう千鶴ちゃん!」
ばっと顔を上げると島田さんと平助が驚いた顔であたしを見ていた。良かった、土方さんや新八さんじゃなくて。ほっと安心してから立ち上がる。
「もう、生まれそうです。屯所で生ませましょう仕方ありません」
「しかし屯所(うち)には・・・」
島田さんは眉間に皺を寄せて妊婦を見る。出産に血が伴うのは当たり前だ。うちにはあれがいる・・・。 しかし今放っておけば彼女もその子も危ない。あたしは暫く顔を顰めていたがふっと口を開く。
「千鶴ちゃん、適当に理由をつけて左之さんとか新八さんにあたし達の隣りの部屋の畳をとってもらって来てくれる?」
後でまた敷きなおさなければならないが、血が染み付くよりよっぽどマシだ。千鶴ちゃんにそう言うとはい、と返事して彼女は走って行った。
「島田さんは優しく彼女をあたしの部屋の隣りに運んでください。平助は土方さんに話を通してきて」
「ちぇっ、俺が一番厄介な役じゃん」
頭の後ろで腕を組みながら平助はぶつぶつ言って彼の元へと向かった。多分、今日はほとんどの隊士がいたはずだからなんとかなるだろう。
ここからはあたしにかかってる・・・! あたしは急いで台所に向かった。
・・・
あたしはふう、と汗ばんだ額を手で拭った。丁度あたしの片手の中には赤子が産声を上げている。 千鶴ちゃんに赤子を渡して洗うようにと指示する。出産させるなんて生まれて初めての経験で、しかも高校生になった頃にレポートで調べた程度だから物凄く不安だったが何とか元気な赤ちゃんが生まれた。精神的にピークを迎えそうになるが母親になった同じぐらいの歳の彼女の背に布団を重ねてまるで現代の介護ベットで起き上がるような形にさせる。
「名前! 生まれたのか?」
洗い終わった赤ん坊に衣服を着せていると土方さんの声が襖越しに聞こえてくる。あたしは千鶴ちゃんに任せて出ていく。
「無事、生まれましたよ。」
ふう、と息を吐いて土方さんの傍に向かう。周りには幹部の面々が見えて平助が目をキラキラとさせている。こういう辺りはやっぱり子供だ。
「男?女?」
「男の子、可愛い顔してた」
ニコニコと薄笑いを浮かべてから土方さんに軽く頭を下げて部屋に引っ込む。血の処理は完了したため取りあえずは大丈夫だろう。
ほっと胸を撫で下ろして疲れたように笑みを浮かべた。
…
「あ、気が付いた?」
真夜中、母親となった彼女は目を覚ました。疲れたようで千鶴ちゃんはあたしの隣りでぐっすり眠っている。少し血の匂いが漂っていたからあたしの部屋に移した。
「あ、あなたは・・・?」
「名前です。赤子は無事生まれましたよ」
よかったですね、と微笑みかけると彼女は事の次第を思い出したのかありがとうございます、と赤子を愛おしそうに抱きしめながら涙を浮かべ何度も礼を述べた。 あたしはいいんですよ、と微笑みかけ赤子の頭を優しく撫でる。
「それより、どうしてこんなところにいたんです?」
江戸時代、出産は血の穢れを伴うため忌むべきことだと考えられていて隔離しているはずだ。なのに、何故あんな場所にいたのだろう。
「・・・・私、旦那様にお会いしたくて・・・」
さっきまで浮かべていた涙が零れた。あたしは優しく彼女の背を摩ってやる。
どの時代も人は愛した者の温もりを恋しく思うものなんだ、と思い知った。 愛に勝るものはない、と。
20100711//人は変わらない
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