あたしは縁側の隅にある柱に体重を預けながらぼんやりと外を眺めていた。今は千鶴ちゃんの監視中。

監視はあたしの時は無かったな、とぼんやりと考える。そもそもあの頃のあたしって夜しか起きてなかった気がするし・・・。

はぁ、と溜息をついて空を見上げると快晴の冬空だった。日の光のお陰か大して寒くも無いし良かった。


・・・こっちに来て約一年。
その間にあたしは隊士になり今じゃ一くんの部下。女と言うだけで平隊士はよく色目であたしを見ていたけど何も感じない振りをして新八さんに師になってもらって毎日剣術に勤しんだ。
がむしゃらに稽古する方があたしには合ってると思って彼に頼みに行ったのだ。彼は手加減もしないし同情なんてしないと思ったから。
そう考えるとしみじみ自分はスポーツ家だな、と実感する。バレーも同じように練習してきた。


「・・・はぁ」

「・・あのー・・・名前さん・・・?」


不意に部屋から声が聞こえてきてあたしはびくりと肩を上下させた。それからふすまを少し開けてどうしたの?と笑って尋ねる。

「い、いえ・・・名前さんが寂しそうだったから」

しゅんと下を向きながら千鶴ちゃんは呟く。あたしは分かったんだ、と苦笑いしてそこに腰を下ろした。

「わ、私で良ければ話してください!きっと、誰かに言えば気も楽になると思いますし・・・」

「何でそんなに謙虚なの?」

くすりと笑って彼女を見ると慌ててすいません、と謝られる。

「・・・じゃあ、聞いてもらおうかな」

そう言って外を眺める。彼女はじっとあたしを見ていた。


「最近、自分が自分じゃなくなってる気がするんだ」

こっち側に来たばかりの時はここにいる時間なんてよくて三・四時間、トリップしない日もあった。そんな体質になって暫くして変わるのは午後が多いことに気が付く。そして時差があることにも。だから多少は安心して大学にも通えたし、それなりの生活も送っていた。

しかし日を追うごとに逆転していることを実感すると本当にあたしがいた世界のあたしも比例するかのように病弱になっていった。
そりゃあ、こっちで生活している間は食事なんてしていないのだから当然だと思う。
だけどそれがまるで本当の世界のあたしの栄養を吸い取ってるみたいで怖かった。
いつか抜け殻になって帰れなくなると思うと怖くて堪らない。


そして一年経った今、向こうに帰れる時間なんて三日に一度程度。しかも一時間向こうに居れればいい方にまでなってしまった。

向こうにいる時に、今まではどうして向こうに行ってしまうんだろう、って考えていたのに、ある日気が付けばあたしはどうしてここにいるんだろう、って考えていた。
それを知ったときあたしは自分が何よりも怖いと思った。




そこまでを話したあたしは口を閉じる。こんなこと今まで誰にもいったこと無かったのに、たった一週間ほど共に過ごしただけの彼女に話しているなんて少し信じがたい。

「大丈夫・・・です」

だから泣かないで下さい、と千鶴ちゃんがあたしのそれを拭う。そこで自分が泣いていることに初めて気が付いた。ああ、見っとも無い。

「だって、ここが居心地がいいって思えなかったらそんなこと考えられないですから。」

にこり、と彼女はあたしに笑ってくれた。
その笑顔を見てかぼろぼろと一気に涙が零れ落ちる。

「そう、だね・・・そうだよね」

「そうです、だから泣かないで」

ぎゅっと千鶴ちゃんは自分より大きいあたしを抱きしめてくれて背中をさすられる。あたしは気が済むまで声を殺して泣いた。


「・・・千鶴ちゃんて、不思議な子だね」

暫くして落ち着いてきたあたしは彼女を見つめながら笑う。

「ちゃんと笑ってくれましたね。」

「え・・・?」

「名前さんって心から笑ってるときは眉間に皺を寄せてますから。」

「あ、そうなの?」

そんなこと誰からも、友達からも親からも言われたことなかったなぁ。
あたしはよしよしと千鶴ちゃんの頭を撫でてからお礼を言って部屋を出て行く。


聞いてもらっただけで重くて堪らなかった足が軽くなったような気がしてあたしは子どもみたいに嬉しくなった。



20100530//涙が零れ落ちる




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