ざわざわと気に障るその不快音によって私は目を覚ました。目を覚ましてはいるものの、まだ目は開けず耳に神経を全て注ぎ、その音を聞き入った。何やらどうしよう、どういうことだ、などという声を聞く限り相手もかなり動揺している様子だ。
ん?いやでも、どうして部屋にいた私の周りにこのように大勢が?どう考えてもこの声の数々は一人や二人では到底発することは出来ないはず。
ここで漸く目を開いた私は思わず唖然としてしまった。目の前にはまず我々の周りでは見かけることが少ない着物、一昔前に杜撰な環境破壊が促されて希少な森林がどこまでも続いている。私の思考は一向に働こうとはせずにただ目の前のこのあり得ない光景を眺めていた。
「気が付いたかい!」
良かったね、と訛りに訛った言葉を申し訳程度に解釈するとぎこちなく首を縦に振る。これは所謂反射神経が働いたと言う奴だ。人間やれば出来る。因みに私の持論でもある。
取敢えず、此処は何処なんだ。鬱蒼とした森に対して陽気な笑顔を浮かべる人々。しかも男は皆髷を結っている。いやいやいや、私は心中で出来うる限り私の幼稚な語彙能力を有らん限り最大限に使って否定しようではないか。
おかしいのだよ。服装も人々の容姿も風景も全部だ。こりゃあ、お前、何百年も前のご先祖様が汗水垂らして白い肌の御偉い方々の仲間入りしようとしたあの努力が水の泡じゃないの。やあろっぱ君が泣くな、こりゃあ。大切な丁髷を切り落としてでも国を強くしようと命をかなぐり捨てたお侍様達が気絶してしまいそうだ。絶対この辺りやあろっぱ君が来てねえな。多分、この状態じゃサザエさんも吃驚だ。
私が思索している間、彼等はどよめきながら私を物珍しい動物を見るような目つきで見ている。俗にいう、野次馬だ。
なんだ、この時代に野次馬なんぞ既に絶滅の一途を辿っているのだとばかり思っていたが、違ったらしい。どうもこの辺りは都会の波に遅れすぎているようだ。
その証拠にもう一つ挙げるならば、鍬持ってる輩が居る。鎌を持っている輩も居る。これ等は東京や大阪、名古屋など大都市に出てみれば、一歩間違わんでも銃刀法違反に処されるだろう。
それ程今私が居る場所はおかしい。私が現代人で、彼らが戦国の人々だと危うく錯覚してしまうくらいにはおかしい。
加えて私は部屋で寝てたんだが、何故か砂利の上で在るということさえも忘れていた。
思索に思索を重ねていると、どよめきが徐々に大きくなる。ふとその声のする方へ視線を遣ると、時代遅れな老人共は道を開けている最中であった。
「テメエこそどこのもんだ」
聞こえた声に身体を翻すと見るからに厳つい顔をした男が立っていた。別に怖かないけど、左の腰にはしっかり刀を帯びているのを見てしまえば、多少の恐怖は付きまとう。こっちは何も武器らしきものがない。丸腰だ。
それでも男に分からない、と小さな声で呟いた。
大層な輪を作っていた人垣は蜘蛛の巣を散らして消えて行く。野次馬は皆口数を合わせて、仕事に戻りますと弱腰になって帰っていく。
片倉というこの男、どうやら地位あるお偉い様なんだろう。
「あ?分からねえ?」
記憶でも無くしたか。
疑問符をつけずに圧力だけが言葉に宿り、焦らせる。半ば反射的に、弾けるように、私は口を開いた。
「さっきまでじーさ、じゃなくて祖父と喧嘩してて、眠たくなってそれでとにかく起きてみるとこんなところで・・・!」
口を開くと止まらない。いつもの気丈に振る舞っていた自分が音を立てて崩れていく。自分でも何言っているのか分からないまま言葉を発していると思い、口を閉じた。きつく下唇を噛む。
「ここはどこなんですか」
俯いて、震えた声で問う。
思っていたよりも自分は弱いらしい。必死に涙を流さぬようにと色々な工夫を凝らして、不安を取り除く。あまりにも長い沈黙の後、男からの返事が返ってきた。
「奥州」
日ノ本最北端、奥州
男は言葉を選びながら慎重に言葉を紡ぐ。
「は・・・? おう、しゅう・・・?日ノ本・・・?」
旧東北・・・?
なんだそれ。マジで時代飛んだ・・?
そんなバナナ
あ、バナナってここに無さそうだなおい
(すまん、もう一度)
(ふざけてんのか)
(ふざけた覚えはない)