「ね、ねぇ」 「あ?なんだよ」 「やっぱり私、少し散歩するか家事でもしたのだけど」 むずむずと身体を揺らす。祝言を挙げ、私は彼の屋敷にいるのだけれど。 何もすることが無くてなんだか落ち着かない。家事を手伝おうとすると少ないのに女中さんが半ば奪い取り(仕方ないのだけれど)、散歩しようと外に出ようものなら匡によって止められる。 愛されている、と実感はある。あるが今まで忍びとしてずっとあちこちを歩き回っていた私にとって板の上に長くいるのは苦痛の他何もなかった。 「てめぇはホントにじっと出来ねぇ奴だな」 「匡は最近動かないわね」 「俺様はあれだ。名前がいるからな」 長州の奴らへの恩も返したしよ。 彼は首を押さえながらぼきぼき鳴らす。そう言えば風間が千鶴様を嫁にするために新選組を狙ってた時、人間と共に戦っていると姫様は言っていたな。 あの時は吃驚したものだ。まさかこいつが、人間が大嫌いだと喚いていた匡が人間と戦っていたのだから。 ああ、高杉晋作さんのことは大好きだったな、と思い出す。 「身はたとひ 武蔵野野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」 「名前、それ・・・」 「高杉さんがよく言ってたね、私も覚えてしまったんだ」 目を細めながら庭を眺める。 兄みたいに私は高杉さんの事を思ってたから、亡くなったときは泣きはらした。その時は姫様にも迷惑かけたと思う。 「俺を殺したって俺の思想を受け継ぐ奴が意思を貫くぞ ざまみろ、って意味らしいよ。」 高杉さんが言ってた。 そう言えば、おいおい、それはちょっと口が悪い訳の仕方だなと隣りで声を漏らす。 「俺には教えねぇっつった癖に・・・あいつ」 「私は妹みたいにくっついてたからだと思うよ」 ははは、と笑いをあげれば匡は驚いたように目を見開いた。 「・・・何?」 「もう一月も経つのにようやく笑いやがったな、と思ってよ」 しかもあいつとの話で。 そう目を細めて笑う彼はとても格好いいと思った。 そう言えば、初めてあった時と同じだ。 違うのは成長した身体だけな気がしてついまた笑ってしまった。 いつの間にか、じっとしていることに苦渋は感じなくなって、不思議に思いながらあの日と同じように匡の肩に頭を乗せた。 「ねぇ匡」 「なんだよ」 「膝枕してよ、お願い」 「し、仕方ねぇな」 「ありがとう」 過ぎし日の面影 (ちらりと見えたそれはとても懐かしくて) 20100814 |