「そなたなど、我には要らぬ」 元就様は決まって私の部屋にやって来るとそう言う。なら、私のような者の部屋に来なければいいじゃないですか、と何度も言いかけて止める。今回も同じようにその言葉を飲み込んだ。 国主に私は要らぬと言われたのだから、この部屋に、いやこの城には居ない方がいいだろう。すくりと立ち上がって自室を退出する。 だが、毎回襖に手を掛けた頃合いに元就様からのお声が掛かる。 「何処へ行くつもりだ」 睨むような鋭い眼光が私へ刺さる。その辺りの女であれば、恐ろしさで逃げ帰ってしまうのだろう。 しかし私はその辺りの女では無いらしい。表面に現れるその恐ろしさの奥には寂しさがあるということを知っている、分かっている。 だから私には恐怖して逃げることができない。 その場で正座して、部屋の真ん中にいる国主へと視線を向ける。暫くの間、じっと無言のまま音も無い空間を味わっていたが、それを破ったのは私であった。 「元就様は私を必要としておられぬのでしょう。私はここから出て行こうと思っております」 「ここを出て、そなたはどうやって生きて行くつもりだ」 「生きてはいません。きっと、死んでいますよ。」 私には元就様以外、おりませんから。 にこりと笑顔を浮かべて至極穏やかに呟いた。自然と死への恐怖はなく、心の底から笑顔を浮かべていた。 じっとまた二人の間には会話が無くなり、見つめ合う。元就様はどこか考えておられる様子で、その言葉を聞いた後、私は出て行こうと心の中で自分に言った。 「そなたは、誠に憎い女よ」 ざざ、と着物が畳を擦る音が響いたと思えば、元就様は私の目の前にまで来ていた。私は思わず茫然と彼を見上げていると、懐を掴まれ上にあげられる。元就様は私を殺す気なのだ。 それもいい、愛した者に殺されるなど本当に幸せなことだと私は思っている。私の父と母は家臣に殺されたのだから、さぞ無念であっただろう。 そっと瞳を閉じて、痛みを待つ。 しかし、やって来たのは痛みではなく口に触れる柔らかいもの。 ぱちりと目を見開くと元就様の端正な顔が真近にあったのだ。離れていく彼に私は笑みを漏らした。 「憎い女をどうして、ここに残らせるのですか」 国主の返事は無かった。変わり、私の膝に頭が乗せられる。 私はまだ死ねぬらしい。 彼の憎悪は無限 (君だけを愛していると嘆く) 20110109//過去拍手より |