私はしとしとと降り続いて止まない雨の粒をぼんやりと眺めていた。むっとした雨の臭いが鼻について溜息が出てしまう。雨の臭いは嫌いだ。
そのまま顔を上げれば暗い雲が空を全部覆っていて、なんだかとても憎く見えた。下足場にある傘立てには矢張り傘は一つとして残ってはおらず、空っぽだ。そこに腰を下ろして通学鞄の中を見るが折り畳み傘の姿は見当たらなかった。
降り注ぐ雨音を聴きながら、せめて先生でもいいからら誰か来ないかな、と目を閉じたのだった。

それからどれぐらい経ったのだろう。いつも賑やか過ぎるこの学校はしんと静まり返っており、嫌に雨の音は大きく聞こえた。始めから早くみんなと一緒に帰っていればこんなことにはならなかったのに。
ふう、と溜息を吐きながら肩を下ろす。そしてもう一度先のように空を仰いでみる。

矢張り、空は灰色だった。


「もう、濡れて帰るしかないかな」

よいしょ、と声を出して立ち上がると玄関先まで顔を出して外を窺う。それから仕方ないと溢して雨の中へと一歩足を踏み出した。

べちゃべちゃと音を立てながら学校を出、通りを歩いていく。途中でコンビニがあるからそこで傘を買おうと思ったものの、突然の雨の犯行だ。皆同じ考えを起こしたらしく、傘は一本もささっていなかった。
街を歩く人々の雑踏や小降りになってきた雨に私は気にも留めず、下を向いてゆっくりゆっくりと一歩を歩んだ。頭から爪先までびちょびちょになってしまった私は今更走って体力を消費する気にはなれなかったのだ。



「あ」

止んだ。
アスファルトに出来た水たまりを眺めてばっかりだった私は、ぴたりと足を止めて水面に水色が映って初めて雨が止んだのだと気が付いた。
やった、と微笑みを漏らして上をみる。

「何をしておる」

目の前には茶色の目を見下すように向ける毛利がいる。手には傘の柄があり、水色だった。何だ、止んでないのかと落胆したままじっと毛利の顔を見ていた。

「阿保か貴様。雨に濡れて帰るなど風邪を引こうとしているようなものぞ。」

何も答えていないのにはあ、と深い溜息を零した彼は心底面倒臭そうに私の鞄を取り上げた。そしてくるりと踵を返すと私の家の方向へ歩いていく。毛利が何をしに来たのか、そして今何がしたいのかさっぱり理解出来ない私は、ぼうっとその背中を眺めることしか出来ないでいた。

「何をしておる名前。早う我の隣りへ来い」

「え、うん・・・！」


理由なんてこの男に聞くとまた馬鹿にされるだろうから聞かないけれど、家に着いたらありがとうと一言礼を言おう。
そう思いながら私は彼へと駆けだした。


20100106