「うぅ・・・っ・・」

がり、と口内を噛み千切ったような音が耳に届いた。その後に鉄の臭いが俺の鼻を掠めていく。
俺は、蹲り震えている彼女の骨と皮に僅かの肉のようなその背を優しく撫でてやる。

「ひっ・・む、虫!虫!」

涙を浮かべながら顔を上げたと思えば彼女は自分の手のひらを眺め、虫が皮膚の内を通っていると震えだす。整頓された質素な部屋のテーブルとソファの間にいる彼女の隣りには注射器が散乱している。

「虫なんざいねえよ」

震える彼女の手を強く握り締め大丈夫だと解いてやれば、激しかった呼吸が収まって行く。
こいつは何処で道を間違えちまったんだ。
一年前は正常だった気がする。

「きょ、う・・・や、めたいよ・・」

彼女は掠れた声で俺に縋り泣いた。
どうして薬に手を出したのか、分からないと彼女は言っていた。

「止めれんのかよ?」

よしよしと落ち着いた彼女を撫でながら溜息を吐く。彼女は自嘲するように笑って俺を見上げた。
それはまるで止めることなど出来やしないよ、と言うようだった。


「匡」

はあはあとまた込み上げてきたような欲に顔を歪め耐えるように自分の服に皺を作った。
その細い手首を持って無理矢理顔を上げる。

「名前」

「私、つかれちゃ、った」

にこりと余裕のない笑顔は狂う以前の彼女を思い出させた。もしかするとこいつは、狂うことを望んでいたのだろうか。
親に暴行を加えられ、その痣は彼女の身体よりも心に大きな傷跡を残してしまった。
寂しかった、悲しみを辛さをほんの一瞬、ひと時だけであったとしても忘れたかった。


「ねえ?」

「あ?」

苦しそうに胸を抑えながら視線だけを俺へ向けている。
何となく、この後の言葉は俺には理解出来ていた。


「ねえ?」

私、あんたのそれにだったら殺されても構わないのよ。

だがしかし、と唸る俺に彼女はとても穏やかな笑顔だった。

「もう死にたいよ、匡」


そのあと、俺はあんまり記憶になかった。ただ、いつも引いている銃の引き金はやけに重たくて、一瞬、戸惑った。



愛をこめて
(次は苦しまねえように生まれて来い)
(ありがとう)

20101215