桜が咲いて何日経ったか。既に満開を迎えようとしている蝦夷の桜に頬を緩ませた。
隣人も変わらず同じ表情で、桜へと視線を向けている。


「歳三さん、今日は絶好の花見日ですね」

にこにこと可愛らしい笑みを零す妻に夫は自然と笑顔になれた。
言葉短く返事すれば、彼女はくるりと振り返り頬をぷっくりと膨らませる。

「本当に聞いてらっしゃいましたか?」

先程から生返事ばかり。
ふん、と拗ねてしまった妻に笑みが零れた。土方歳三ははあと周りに聞こえるように息を吐き出す。妻がちらりとこちらを見ていることなど分かっていた。

「聞いていたさ、今日は絶好の花見日和だなって話だろうが」

くしゃくしゃとそっぽを向いている名前の頭を撫でてやれば幾分機嫌の良くなった彼女が見えた。
必死に髪を手櫛で梳いている。

俺は思う。
今、この瞬間死んでしまえたらと。苦しまずに、愛妻の笑顔、幸せそうな顔を見て死ねればと。

死期が迫っていることはもうとっくに気が付いている。来年、一緒にこうしてみれるかは分からないのならば、せめてこのまま

「歳三さん?」

どうかされましたか?
いつの間にか機嫌もすっかり治り、嬉しそうに笑っている名前に笑ってやった。
美しい桜、愛らしい妻。
そっと後ろから抱きしめてやる。妻は驚くように肩を震わした後、抱きしめていた夫の手を包み込むように握った。

「冷たい、お身体が冷えてしまいましたか」

見上げるように夫を見ると、すぐに接吻され名前は目を閉じた。今日は歳三さんの様子がおかしい。
まるで、穏やかに


そんな訳あるまい、と脳の思考を打ち切る。

「お前と、離れたくねえなあ」

掠れた甘い声。
握っていた手を離れないでと言うように強く握られる。

「いいえ、あなたは死してはなりません」

私を置いて行かないで。
身体が震えているのは泣いているからだろう。精一杯声を絞り出しているのが分かる。

「馬鹿か、お前を連れていける訳ねえよ」

きゅっと、力を込める。
だけれど、確実に妻の背中は見えなくなる。妻もまた背中に重みが無くなっているのに気が付いた。


「とし、ぞうさん!」

行かないで!
振り返って手を伸ばした先に夫の姿はなかった。その代わりに彼の召していた着物はふわふわと地面で揺れている。



桜葬
(鮮やかな花となれ)

20101103