「総司さん」

鈴の音がして振り返る。彼女の手には風鈴があって、この暑い夏を少しでも涼しくしようと凛々と鳴っていた。

「どうしたのさ、これ」

こんな辺鄙な場所じゃあ見れないだろうと、半ば諦めていた夏の風物。そんな彼の思いなど知るはずがない名前が何故それを持っているのか。

「ふふ、何を言ってるんです?総司さんが、風鈴が見たいとおっしゃったんじゃありませんか」

ここに下げておきますね。
名前はそう言って沖田の部屋の入口にかける。

「ああ、そうだったっけ?夢で口にした覚えはあるんだけどなあ」

「夢と現ははっきりさせないと帰って来れませんよ」

ああ、それとね、総司さん。
家の外に菖蒲が咲いてましたよ。見に行きましょうよ。

にこにこと笑顔を浮かべながら彼女は彼の手を握る。今までより一層深く笑みを浮かべた沖田を見て名前は今度こそ笑いながら彼の手を引いた。


「ねえ名前」

「はい?どうしたんですか」

家の外に出て、ごろんと草原に寝転がる。淡い青の空に暈したような雲は綺麗では無かったが、名前が隣りにいるのなら。なんて沖田は考えた後、目を瞑った。
鳥の囀りと木々のざわめき、それに朝の柔らかい日差しが気持ちがいい。


「僕は君を放してしまうかもしれない。」

そのまま、何一つ先程と変わりはしない状況。いや、名前だけは動揺した顔をしている。

(目を閉じてても感じられる程君が愛おしいよ)


「それは、どういうことですか」

「あれ、君ってそんなに物分りの悪い子だったかな?・・・まあいいや、だから」

僕はもう長くないってこと。

目を開いて。
彼女を見て。
彼女の頬に手を添える。

「なんて顔してるの」

「だ、だって」

(そんな顔されちゃ、また死にたくないと思ってしまうじゃない)


「大丈夫、君なら」

堪えていた涙がつう、と頬を伝って沖田が添えていた手へと流れていく。彼は口元だけ優しく緩めたまま名前を見ていた。

(そんなに、穏やかな顔をしないでください。余計に涙が止まらないじゃありませんか)

「どうして沖田さんは、いつもいつもそうやって」
「総司」

「総司って、ちゃんと呼んでよ」

名前はぽかんとした後、可笑しそうに手を口にあてて笑う。それから総司さん、といつものあの元気な声で彼の名を口にした。


誰か
今だけは、僕のこの病を止めてくれないか。



最期の一週間
(溢れる何か。)

20101015