私はバイトから帰ってきて、ご飯を食べて、それから風呂に入って。明日の講義の準備をして。
一通りやるべきことを済ました後、空いた時間をテレビ鑑賞で埋めていた。ぴかぴかと光るテレビを無情で眺めながらそう言えばと、最近剥がれてきたマニキュアを再び塗り直すことにする。

「続きまして先程行われたサッカーの―・・・」

無心になってマニキュアを塗りたくっていた私の腕がピタリと止まった。付けっぱなしになっていたテレビはいつの間にかニュース速報が掛かっており、そこにはオリンピックの予選試合のハイライトがされていた。私はマニキュアをテーブルに置いてじっと試合の様子を眺める。

「そう言えば、選ばれてたんだっけ」

「途中交代で入った赤崎の突破・・・!それを」

テーブルの上に腕を組んでそのハイライトを見ていると、汗を掻きながら一生懸命に走ってシュートを打つ赤崎が映った。その姿に思わず溜息を吐いて、腕の中に顔を埋める。
解説の声が煩わしくてテレビの電源を消すと、本当に音が無くなった。


瞼の裏に映る彼はいつも不機嫌で、少し気に食わないことがあれば私に怒鳴る。でも、時々物凄く優しい。
小さくなった遼の言葉は今も忘れられなくて、私の胸を傷つけ続けている。


「って、何落ち込んでの私」

暗い気持ちになった自分の頬をぱんぱんと叩くと、胸の痛みが緩和された気がする。誰かに、いやそう言えば遼に、泣くなって何度も言われたなあ。脳の中の深い深いところに閉じ込めていた記憶がどっと溢れてくる。
ああ、傷つくのは私なのに。

抉れた傷口を治す薬は笑顔なんだ。笑え、笑え。


「酒でも買いに行こう」

アルコールでも入れてしまえばきっとまた深くにある大きな扉を施錠できる。引っ込めてしまえる。
私はすぐにマンションを出て近くのコンビニへ向かう。いつまでも変わらない月を眺めながら、夜風に吹かれてた。

「帰ってもいいかな。」

はっとした。
無意識に自分の口から零れたそれは私の本心だった。周りを見ても誰もいないことにほっとして、またずきずきし出した心に目を瞑る。そういえば心って、どこにあるんだろう。どこかが私を苦しめているんだ。

ポケットの中から携帯を取り出すと、電話帳の一番最初にある名前を引っ張り出して、通話ボタンを押した。リズムの良い通話音が数回響いた後、はいと声がする。私はどくどくと高鳴る心臓を抑えながら道端にしゃがみ込んだ。
こういう時、どうしたらいいんだろう。

「・・・何」

切ってもいいか。
淡泊な声色が私の鼓膜を振動させる。ぎゅっと携帯を握る手に力を込めて、意味もなく勢いよく立ち上がってしまう。まるで青春を謳歌している高校生みたいだ。

「待って」

「うん」

「・・・代表、おめでとう」

目一杯明るく、いつも通り。
真っ白になった私の頭にあるのはそれだけだった。震える手を抑えることに躍起なって力を込めていると、小さくおう、とだけぶっきら棒な言葉が響いた。

「で、なんかあ」
「ねえ遼、」

「何」
「もう、泣いても大丈夫かな?」

「無理に笑わなくてもいいかな?そしたら楽になれるかな」


堰を切ったように溢れる涙を拭いながらも、私の口を止まらなかった。遼は珍しく怒りもせずに、でも何も言わなかった。もしかしたらあんまり聞いていないのかもしれない。ぐっと下唇を噛んでから、はあと息を吐く。

「胸を貸してよ、少し泣くから」


それで貴方とは終わるから。もう関わらないから。
馬鹿だな、ほんとあんたは。
知ってる。
今、何処にいんの?

ぷつりと切れた通話に携帯を閉じて、小さく小さく蹲る。
ああ、痛い痛い。私の


20110130//所詮僕らは どろり様へ提出。