「気を付けてね」

もう何度目か分からない友人のその言葉に私は苦笑いを零して頷いて見せた。
周りには私とそう変わらない年齢の人々と、夏を満喫するためと思われる方が多く空港に訪れているように見受けられた。その中でも一層小さなキャリーバックを自分の横に置いて、私は友人と向かい合った。

「着いたら電話する」

「当たり前でしょ!」

たかが一年の留学でどうして泣くんだと言いかけた言葉は胸の中だけに留まり、介抱を交わした。私の人生で最も彼女が私を心配してくれるのだ。何だか、とてもくすぐったい心持がした。

「名前さーん!!」

友人の涙腺が漸く収まった頃、幼さの残る声色が響いた。
くるりとその声の方を見やれば有里ちゃんと何故か黒田さんに杉江さん。どうしてこの組み合わせなのか、どうにも理解できない私は首を傾げることしか出来なかった。

「見送りに来たよ!」

「ありがとう」

私の目の前までやって来た彼女の頭を撫でてやると、少し嫌そうな顔をした後また笑った。中学生は難しい年ごろだなあと親心が湧いた瞬間だった。

「どうしてクロとスギまで来たの?練習は?」

「俺達が皆を代表して見送りに来たんだ」

にこりと笑顔を浮かべた杉江さんは私に、気をつけて行ってらっしゃい、と肩を叩く。友人はその返事を聞いてどこか嬉しそうに、いやどちらかと言えば何か企みを思いついたような笑みを浮かべていた。杉江さんと彼女が会話を始めたので未だ挨拶を交わしていない黒田さんへと目を向ける。

「わざわざありがとう」

「あ?」

「見送りのこと」

まさか数人もの人に、いや正確に言えばETUの皆にも見送りを受けるだなんて思ってもいなかった私は、とても嬉しかった。
黒田さんはそっぽ向きながらもおう、だとか、有里が、だとか呟いている。そしてそれを有里ちゃんが違うもん、と否定。兄妹に見えなくもないその光景にまた笑えた。

「そういや、親は来てねえんだな」

「両親とも他界してるから」

ぽつりと黒田さんが呟いた言葉は案外、周囲の知人の耳に入っていたらしい。友人が今にも黒田さんに飛びかかりそうなのが視界の端に映っている。数年前なら無言を通していた話題はいつの間にか私自身を奮い立たせてくれた気がする。
周りの人々は段々と前へと進みだしていて、急いで私もその波へ加わろうと、隣りにあるキャリーバックを掴んだ。


「どうしたの」

キャリーバックを引きずる手と逆の手が掴まれた。
振り返ると黒田さんが居て、それから有里ちゃんがいて、いつもの人が居る。彼らと向き合うと私は急に伝えたいと思っていたことを思い出した。

「ねえ、私帰ってきたらね」

下を向いたままでも、彼らが私を見ているのが何となく分かった。顔を上げると、また泣き出しそうな表情を浮かべている友人が見える。

「ETUで、また働きたいって思ってるんだ」


「それじゃ、またね」

私の手首を掴んでいる黒田さんの手をゆっくりと解いて手を振った。これは別れじゃない。


(よかったな、クロ)
(あ?俺に(ああー!!)うっせえよ有里!)
(手紙送るねって言うの忘れた!)


留学から帰ってきた彼女とのお話はまた別の機会に。


20110220// 非常口は閉じた
加筆修正 20120818