日中はぽかぽかと温かいけれど夜は肌寒い。私は両肩を抱えるように身を縮こませながらぽつりぽつりと一定の区間にある街灯の元へと自分の影を繋げていく。 二十歳にもなって子供みたいに一人でそうしていると、少し体が温かくなってきた。小振りの門が見えてくると私はぴたりとその場で立ち止まる。 そうしているうちに斑に人が出てくる。私は挨拶を交わしながら、にこりと笑顔を浮かべて漸く足を進めた。すると見えてくるグラウンドに私は迷うことなく駆け込む。選手たちはとうとう練習を終えて今は建物の中にいるのだろう。 ぽつんとゴールとゴールの間の地点に立って、ぼうっと周りを見てみると案外コートの中は素朴な雰囲気があった。いや、今は私一人だからなのかもしれないが。 「あ、」 ボール。 言葉を続ける前に私は、まるで子供がこっそりお菓子を隠したように隅にあるそれへと近づく。どうにもこうにも薄汚いそのサッカーボールに一人頬を緩めてから、足で蹴る。弧を描くように山なりに飛んで行くボールを追いかける。 「疲れたあ」 ふう、と額に噴きだした汗を拭って片足をボールに乗せる。 そう言えば中高生の頃もよくこうやってカッコつけながら笑ったな。授業の間中そうやって笑って笑って、転んで。女子の体育の授業にしては激しすぎるそれに先生に怒られたこともあった。やっぱり学生っていいな。今も一応学生だけど。 ふにゃふにゃとにやける頬を引き締めることもせずに、日頃選手がしているようにリフティングしてみるけれどすぐに地面に落ちてしまう。元々負けず嫌いな私はボールを睨んでは蹴る、飛ばす、追いかける、睨む。そんなローテーションを繰り返すうちに何となく楽しくなってきた。 「ったく、選手が帰ってるってのに何でお前がいんだよ」 夢中になってボールを追いかけまわしていると不意にボールが消える。あれ、と顔を上げれば目の前には黒田さんが私を見ていた。ちなみにボールは彼の足の下にある。流石プロは違う。 「少し、ここに来たくて」 気まずくなって視線をあらぬ方へ向けながら言えば、黒田さんは何も言わずにボールを高く上げリフティングを始める。まるで生きているかのように動くボールの姿に、私の目は釘付けになってしまった。さっきまで私が使っていたボールとは別物だ。 そう言えば、中学の時にサッカーの上手い人いたなあ。あの人は今もサッカーをやってるのだろうか。 幾分も前の記憶を胸に、私もボールに触りたくなってサッカーボールへと飛び込んでいく。今更になって今日スニーカーにしてて良かったと思った。 「うお!?急に突っ込んでくんじゃねえよバカ!」 「って言いながら交わしてる癖に・・・!」 「当たり前だボケ!プロだぞ!」 不意打ちで突っ込んでも彼は難なく私を避けると嬉しそうにボールを蹴る。私も初心者なりに追いかけるけれど、矢張りあっさりと交わされる。一般人相手にどうしてこの人は手加減出来ないんだ、と苛々したまま何とか食いつく。 「待て待て・・!」 「知らない」 「待て、よ!」 ぶつかる私の両肩をがっしりと掴んで二人向かい合う形になった。 息を切らしている私に対して、黒田さんは息一つ乱れてなくて少し悔しくなった。むっと口を尖らせたまま彼を見ていると髪ボサボサになってんぞ、と頭を撫でつけられる。私は彼の以外過ぎるその行動にびくりと反応しながらも、されるがままに目を瞑っていた。 次に私が目を開けた時には黒田さんと私の距離は目を閉じる前よりも広がっているように感ぜられた。 「なんかあったのか」 え、と彼に聞こえるか聞こえないかぎりぎりの音量で零れた。少し向こうにいる黒田さんは照れ隠しに頭を掻きながら、だから、と大声で叫ぶ。その間も私はじっと彼から目を逸らすことしか出来ずに、ただ目には前が映っているだけだった。 けれど脳まで届いていない視覚が、聴覚が、感覚が、全てが、私を、脳を動かす。 本当はサッカーをしに来たんじゃない。 「黒田さん、私留学することにしたよ」 一寸全ての音が消え去ったかのように感じられた。それくらい私が緊張していたのかもしれないけれど、やっぱりまだ音は響かない。 私の唐突な言葉に驚く様子も見せずに、予想していたのかやっぱりなと小さく呟いた彼は、真直ぐに私を見る。私は少し笑う。見透かされたようなこの感覚はなんだろう。全て、会った瞬間から 「お前は人見知りが激しいんだから、気ぃつけろよ」 ほら。また (黒田さんって実は心配性?) (ん、な、わけねえだろが!バカだろお前!!) (そんなに馬鹿馬鹿言わなくても) (う、うるっせえ!ばか!) 20110205// 全部見られたような 加筆修正 20120817 |