私は先日からずっと悩んでいた。うーん、と頭を捻ってみても一向にそれは解決できずに、私は思わず溜息を吐いてしまう。黒田さんが家に来た際、私の友人はこれから留学しようと思うと言い笑っていたのだ。
よく考えれば、大企業に入るも入らないも、異国語、特に英語は出来て困ることはない。
最近では大学生の間に留学して英語を獲得する生徒も多いと聞く。私の通っている大学にも伝手で留学校があるくらいだ。

これからは日本の企業もより海外に発展していくだろう。矢張り、私も留学すべきだろうか。
幸い生活援助をしてくれている貸し手はお金には困まることのない医者だ。頼めば快く承諾してくださる筈である。

「名前さん留学するの!?」

「あ、うん。考えてる途中」

「ええー!」

デスクに広げてあるパンフレットを覗いて、有里ちゃんは口をパクパクとさせながら私を見た。私は苦笑いを浮かべながら彼女の頭を撫でてやる。そうしていると会長や副会長が集まってきた。

「留学?いいじゃないか。これからはより英語を話せる人材を企業は欲しがるだろうしな」

「実際うちもそうだし」

会長と副会長の言葉にそうですよね、と小さく頷いてじっとパンフレットを眺め続ける。
どうしてだろう。高々一年程右も左も分からぬ地で語学を勉強するだけなのに、行きたいと思えない。もうすぐ近くに就職という将来が待っていると言うのに。


「まだ少し考えるから」

ほら、選手たちのために仕事しようか。
しょぼんとどこか寂しそうに、けれど少し拗ねているような表情の有里ちゃんにそう言い聞かせる。すると彼女はにこりと笑みを浮かべて私の手を引っ張っていく。


「お!名前ちゃん、今日もお使い?」

「いいえ、今日は天気が良いので洗濯と掃除をするんです」

「そうかー。悪いな、二部に降格して・・・人足りねえだろ?」

「いいえいいえ、私に謝ることなんてありません。サッカー、頑張ってください」


見知った選手の方が声をかけてくれて立ち止まっていると、有里ちゃんが珍しく私の手を引く。
それに気が付いた選手たちも苦笑いしてどうした?なんて彼女に話しかけているけれど、なんでもありませんと小さな声で発して先に行ってしまった。

「どうしたんだ?有里ちゃん」

「どうしたんでしょうね?」

「なあ、名前ちゃん」


ははは、と選手共々笑みを浮かべていると、後からやって来たベテラン選手が腕を組んで私を見ていた。はっと緩んでいた口元を結び直すと、なんでしょうかと返す。

「留学するって、本当?」

ドキリと心臓が一層高く脈打った。
どうしてそれを知っているのだろう。さっきの会話が聞こえていたのだろうか。それとも私がパンフレットを持っていたのを見てしまったのだろうか。

周りにいた選手たちは目を大きく見開いて口々に驚きの声を上げながら、真相を教えてくれと言わんがばかりに私を見ていた。そんな彼等に極まりが悪くなって思わず目を下へ逸らす。
きっと彼らは二部に落ちたクラブを置いて、と責めるつもりじゃないと思う。常々コミュニケーションを取り合うとすぐに分かる。彼らは本当に純粋な人たちだと。


「か、考えているところです。」

落ちてきた髪を耳に掛けながら真っ直ぐ正面を向く。ほら、矢張り彼らはいつもの表情だ。


(んだと名字!俺に言いに来いよ!)
(い、いつの間に!)

(そんなに彼女のことが好きならそう言えよ)
(なっ!違えよスギ!俺はただ)(はいはい)

20110123// 冒険に出かけよう
加筆修正 20120817