「久しぶりですね。黒田さん」

るんるんと珍しく私は気分を浮つかせながら、前を歩く彼に声をかけた。選手達が頑張りがあって、現在二部の上位にあり、この間の試合での動員客数が増えていたのも一つの原因であるだろう。

「おう、どうした?んなに嬉しそうにして」

珍しいじゃねえか、と黒田さんは私をじっと見た。
口元が驚くほど緩んでいたことに気が付いた私は片手で口元を覆って、ふふふと今度こそ笑みを溢す。自然と漏れる笑みに矢張り今日の私は珍しいと再確認。

「分かりますか。今日、友人と私の家で晩御飯を食べる予定なんです」

久しぶりに会う者もいて、楽しみで。と笑みを溢して黒田さんを見るがぴたりとその動作が止まった。どこか不機嫌そうな表情でじっと顔を近づけられているのだ。そう、言うなればガン付けられている。

「黒田さん?」


「男」

突然の単語に私は首を傾げながら顔までも顰めてしまう。口からは?と出なかったのは、きっと二人の距離が異様に近いからだろう。私は黒田さんから目を逸らすことなく、説明を求めるような眼差しを送り続ければ、彼は先程よりもより目を吊り上げた。

「だからそこに男はいんのかよ!?」


「い、います。二人」

ふーふーと猫が威嚇するようなそんな態度で未だに私を睨み続けている彼との距離を離すために、私は彼の両肩を少しだけ押してやる。
それでも未だに不機嫌な黒田さんに私はうねり声をあげ、困ったなと漏らす。是非とも誰か今すぐ杉江さんを呼んできて欲しいものだ。


「黒田さんも来ますか、家に」

それで彼の機嫌が直るのであれば、と思案した私は抑揚無く言い放った。すると黒田さんは私を見て驚いたように目を見開くが、すぐに仕方ねえとか何だとか言って嬉しそうに頭を掻いたてみせてくれた。

案外、この人は子供だ。



「暴れないで下さいね」

自分の家に帰ってきた私は、ドアの前で背後にいる黒田さんに念を押す。この人のことだから暴れるのは目に見えているのだ。一応言っておこうと思って既にもう三度この文を口にしている。
返事の帰ってこないから彼を横目でちらりと盗み見ると、きょろきょろと小さいアパートを見回している。それ程古くも無ければ新しくもないし、駅からは結構距離のあるこの場所が珍しいのだろうか。いや、大して彼らと変わらないところに住んでいる筈なのだが。何をそんなに辺りを見回してるのか分からない私は黒田さんに見えないように首を傾げた。
がちゃん、と鍵を開けてからくるりと振り返ってじっと彼を見つめる。
物凄く心配だ。

「分かっていますか、黒田さん」

「あ?何をだよ」

「暴れないで下さいね。」

いいですか、ともう一度念を押してから中に入る。黒田さんは緊張しながら返事を返してくれたので、取りあえず私は少し安心をすることが出来た。


「物、少ねえんだな」

小さな丸テーブルの上に乗っているシャーペンや消しゴム、ノートパソコンをデスクの上に置く。それからその小さなテーブルの脚を収納して、テレビと壁の間に立て掛ける。言われるように私の部屋には物は少ないと思う。

「邪魔になるじゃありませんか。ああ、すいません大きなテーブル出すの手伝っていただけますか」


キッチンの方にこれまた立てて収納してある黒い大きめな、と言っても四五人で食べるに十分な大きさのテーブルを引っ張り出す。後から続くようにやって来た黒田さんは重たいそのテーブルを軽々と持ち上げると私が手伝う間もなくリビングに持って行ってしまった。今度は私が彼を追うような形になって、その大きなテーブル脚を立ち上げる。


「ありがとう。」

「おうよ」

友人が来るまでには夕食の支度の時間を抜いても小一時間程空いてるため、その場に座ってテレビをつける。じっとニュースを眺めていたが、黒田さんが何だか居た堪れないような様子で座っているのが見えて、私は漸くテレビから目を離した。

「黒田さん、寛いでいていただいても結構ですよ。」

暴れなければ全然構いませんから、と硬い表情の彼に話しかける。するとこれまた緊張を含んだ声色で返事が返ってきて思わず笑ってしまった。いつも先輩にも文句をつけているような彼が、そのような態度を示すなんて面白くて仕方がない。


(ピンポーン)
(はい、今出ます!)

20110122// ゆらりゆらいだ
加筆修正 20120809