「こんちには村越さん」

ETUでバイトを始めて幾分も経った。始めは何をやろうとしても先輩に怒られることが多かったものの、今では随分とそんな機械は少なくなっている。
選手たちとも徐々に打ち解けることが出来てきて、最近ではこの仕事が楽しいとさえ思える日々だ。

丁度今から練習を始めようとしている村越さんに笑顔を浮かべて挨拶をすれば、少し照れたような仕草でああ、と返してくれた。

「今日も頑張ってくださいね」

はにかみながらガッツポーズをして、そのまま事務所へ急いで行く。やった後になって、何分恥ずかしかったからだ。事務所でも同じように挨拶をして、動きやすい服装に着替えた私はすぐに事務所を出た。
今日は試合が無く、事務や医務室で要るもののお使いに行くのだ。


「名前さん?」

「?」

両手に紙束を持って早歩きで外を歩いてると、突然名前を呼ばれる。私は反射的にその人を確かめようと振り返った。
そこには黒田さんと共に最近レギュラーとして出場しつつある杉江さんが私を見下ろしていた。

「どうしたんですか」

見知った人の中でも、一番二番を争う程良くして貰っている相手に私は近くまで歩いていく。これから本格的に練習が始まるらしく、この寒い中彼は熱気を帯びていた。

「どこ行くんだろうと、思ったんだ」

「お使いに行くんです。」

そう言ってから思いついたように、自分の手にある紙々の物品リストを杉江さんに見せる。彼はぽかんとした顔をさせてから、もう一度私を見つめた。
私はくるりとその紙々を反転させて下に下げてから、少しじれったくて頭を掻く。

「あ、えっと、私に出来ることならなんだってやりたいんです・・・」

といっても、よくヘマするんですけれど・・・。
苦笑いするような、何とも言えない心持から杉江さんから目を逸らしていると、急に肩をがしりと掴まれる。
私は突然すぎてびくりと身体を震わせた後、伸びている腕を目で追うと同時に顔を上げた。杉江さんはどこか嬉しそうな表情だ。
私はほっと息を吐きながらもじっと彼から目を逸らさないでいた。

「ココもサッカーも好きになったよな、絶対」

「ま、まあ。以前から結構好きではありましたが」


私は今までそんなに嫌そうな顔をしてアルバイトをしていたのか、と不安になりながらも言葉を濁して答える。すると杉江さんはばんばんと珍しく配慮もなく私の肩を叩く。


「い、痛いですってば」

「クロも喜ぶぞ!」


よかったな、と私の言葉なぞ聞こえていない様子の彼は、本当に珍しく(まあ、それほど長い付き合いではないため断定は出来ないが)子供らしい笑顔を浮かべた。そんな杉江さんに私は戸惑いながらも首を縦に振って一言返事することしか出来なかった。
ましては、どうしてこの話の流れで黒田さんが出てくるのか、なんて。

ただ、私は今日の杉江さんのハイテンション振りに明日は雪かな、と空を見上げるばかりであったのだ。


(名前さーん!私も一緒に行きます!)
(ありがとう有里ちゃん)

20110120// 同じ世界
加筆修正 20120808